テント日誌 7月27日(日) 経産省前テントひろば1051日 商業用原発停止312日

テント日誌 7月27日(日) 経産省前テントひろば1051日 商業用原発停止312日

川柳句会で賑わうテントひろば

今朝のテントはいつもの日曜日と様子が違って賑わっていた。朝からお見かけする事のないTさん、Sさんそれにたんぽぽ舎のHさんまで居たのでびっくり!

彼は電気系統の異常で呼び出されたらしい。Tさんは六本木ヒルズでの朝ヨガに参加した帰りだそうだ。私が着いたときは修理も終わってHさんが泊まり開けの人にトラブルの対処の仕方を説明していた。

昨夜は通常の電気は使えなかったようだが、泊まり責任者のSさんが持っていた手動の明かりで間に合ったようだ。秋葉原で100円で買ったという優れもの、試して頂いたが、本当に明るかった。テントの中には大きな発泡スチロールの容器に氷水がはられ、ジュースやメロン、お茶などが浮いていた。昨日Mさんが築地から運んで来た氷塊が溶け切らず残っている。

午後は恒例の川柳句会があり、居合わせたテントの男性も参加していつもより賑わった。 お題は{猛暑}と「進む」 「猛暑」の秀句 *ガザ虐殺止まらぬ怒りで尚暑し *ガザ侵攻再稼働止める暑い夏 *猛暑にも積極平和でキモが冷え *猛暑にもめげずに座るテント前(私) *猛暑にて凍土にならぬシャーベット 特選 国民の怒り猛暑に尚燃えぬ(落葉)

「進む」の秀句 *危険でも無視して進む再稼働 *何故止めぬ暗黒日本に進む道 *平和主義何処へ進むか日本国 *再稼働何としてでも進ませぬ *閣議にて軍事化進む日本国 特選 秘密保護軍国進める準備出来(芒野)  乱さんが選句を始める頃、空模様が急におかしくなり椅子を片付けて備えた少し後、またしても激しい雷雨となる。テントの中に入り金曜日の差し入れされたという冷えた美味しいメロンを頂きながら雨のやむのを待った。雨もやみ乱さんの選句を聞いて家路に着いた。 (I・K)

テントひろばを支えてくれるバイクの髭男さん  朝、沢山の荷物を積んだバイクが到着、やさしい笑顔の髭男さん。ウーロン茶と水それぞれ6ケースとコップと皿と提灯等をテントに届けてくれた。再び笑顔でスーッと加速して虎の門交差点に向かうバイクが頼もしい。経産省前テントひろばが多くの方々に支えられていることを実感。勇気づけられた。

8月6日広島の日に、東京では九電と東電に抗議する。在京の方は是非予定を。 【行動1】川内原発再稼働をやめろ! 九州電力東京支社抗議行動 日時:8月6日(水)17時~18時 場所:九州電力(株) 東京支社 電話 03-3281-4931  〒100-0006 東京都千代田区有楽町1丁目7ー1 有楽町電気ビルヂング北館7F   主催:再稼働阻止全国ネットワーク 【行動2】第11回東電本店合同抗議 東電解体!汚染水止めろ!柏崎刈羽原発再稼働するな! 原発再稼働は日本を滅ぼす 8月6日 (水) 18時半 ~20時 場所:東電本店前(JR・地下鉄新橋駅徒歩5分)  よびかけ:経産省前テントひろば・たんぽぽ舎 賛同団体:東電株主代表訴訟ほか約101団体(7/24現在) (K.M)

七夕祭り 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3.11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は第1テント受付にお願いしてあります。 (H・Y)

僕の家の近辺でも盆踊りをやっている。盆踊りに夢中だった少年期のことを思い出すのか足を運ぶ。何か儀式でやっているようで熱気も何もない。淋しい思いで帰る。昨年は江東区で開かれた河内音頭踊りに出掛けた。これは良かった。今年も行きたいと思うが、テント前でこれが出来たらいいのにとあらぬ妄想をする。民衆のエネルギーとその自然な匂いの残るこうしたものへの郷愁が僕の心というか、体の底にあるのだけれど、祭りを失った都市というか、その現在を思う。想像を働かせば、原発の存在と祭りを失っていく都市化は深く関係していると思える。脱原発には自然と祭りの再性が関係しているのであり、運動にはその再性というか、要素が必要なのだとも思う。これは難しいことに違いないが、今回の七夕祭りが一端でも実現するいい。という意味でこのイベントに「いいね!」を送る。(三上治)

テント日誌 7月26日(土) 経産省前テントひろば1050日 商業用原発停止311日

テント日誌 7月26日(土) 経産省前テントひろば1050日 商業用原発停止311日

テント裁判傍聴記5 一傍聴人

5月21日の大飯原発稼働差し止め、福井地裁判決後のテント裁判として150人の参加の元、103号法廷にて行われた。河合弁護人から福井地裁判決の意義が語られた。「この判決の90%はすべての原発に当てはまる。」「この判決はテントが求めている事と同じであり、福井判決はテントの主張の正しさを裏づけるものだ。」「福島事故の張本人は、東電と経産省であり福島事故は50年間の原発政策の結論である。」その後福井判決の特徴として、「人格権は憲法13条の権利である。 経済活動としての原発政策は人格権より劣位にある。」「この判決は科学的である。基準地震動、使用済み燃料プール問題の指摘等反論出来ないであろう」。最後に判決の素晴らしさとして「国富とは何か」を取り上げられた事が意見の最後に延べられた。

次に浅野弁護人より「テントの設置問題」が意見陳述された。「第2テントは、原発いらない福島の女たち~により作られた物であり、被告人2人の権利、第一テントの権利は及ばない。その後も、全国の女たちにより維持、管理されて来ている。」「第三テントも子供たちの避難、補償を求める、全国交流会の人々により建てられたものである。第一テントの権利は及ばない。」3個のテントはそれぞれ別々の人々により作られた物であり、お互いに権利は及ばない事が主張された。これを被告2人が建てたとする、国側の主張を論理的に否定した。 その後国側から「2人はテント専有権限を認めるのか」等の意見が出たが弁護人より「こちらの3個のテントの関係性をまず認めるのか!」という鋭い質問が飛んだ。

その後、宇都宮弁護人より福井地裁判決の意義が再度話され、正清、渕上の被告人意見が話された。正清氏は石原環境大臣の「最後は金目でしょう。」発言を鋭く批判した。渕上氏は、福井判決にも関わらず、規制委員会、安倍政権が川内原発をはじめとして全国の原発を再稼働しようとしている事に「誰が責任を取るのか。規制委員会は責任をとれないと公言しているではないか!」「誰が再稼働原発の安全性を担保するのか!」と安倍政権、規制委員会を批判した。 その後、議員会館にて150人参加の元、報告集会が開催された。渕上氏は「この裁判を我々の物にしたい。福井判決は我々が勝つ見込みがある事を示した。」と我々の正義性を示した。正清氏は原発問題の世界性を延べ、原発廃棄物問題に触れた。

次に、午前中の規制庁抗議行動より駆けつけた泊原発反対運動の先頭で戦ってきた「岩内原発問題研究会」佐藤英行氏より泊原発の問題点、大間原発建設差し止め裁判についての報告があった。大間原発問題では函館市議会の全会一致で、市長の差し止め裁判が起こされた事、泊村の人口減少が止まらない事等の、原発資金に頼る事の問題性が指摘された。浅野弁護士、河合弁護士の法廷報告に続いて大熊町の木幡さんより福島報告がなされた。

「私は原発労働者に~死んでは駄目だよ~といつも言っている。」「フクイチにいる東電社員は本社社員と違い逃げられない。」「放射能被害は甲状腺問題だけではない。鼻血が出た子供はその後皮膚に湿疹が出ている。動物も小さい物から死んでいる」。そして10月26日の福島県知事選挙に「スクラムの会」を作り闘い続ける事が報告された。最後に「これ以上原発の苦しみを多くの人に味あわせたくない。」と語り終えた。

最後に午前中の規制庁抗議にも参加された川内原発の再稼働に抗議し続けている岩井さんから、「原発事故の時に避難は出来ない。誰が避難させるのか!吉田調書が言うように電力会社社員、行政の人々、皆逃げるだろう。」と川内原発の再稼働は九州だけではなく全国的破壊をもたらすだろうと、再稼働阻止の決意が語られた。   次回法廷は10月14日(火)午前10時30分~11時30分 第8回法廷にも多くの傍聴者が参加して下さい。原発再稼働反対の意思を、法廷の場で叫び続けよう。  

印象的な「原発のない未来へ~」での話

土曜日の午前中は人通りも少なくのどかだ。今朝は涼しい風が吹いてここ数日に比べてちょっと過ごしやすかった。11時すぎおずおずと近づいてきた青年、 原発推進なのですけど…と言う。 何故ですかと聞いたら、石油はもうじき枯渇するでしょう。ぼく達の将来が心配です。と言うので、そんな事は無いのでは、京都大学の小出裕章先生も言っています。それに今原発は一基も動いていないで電気は足りているのですよ、再生エネルギーへの転換も始まっていることだしとはなし、原発を使ってはいけない理由、高レベル廃棄物の処理の事、被曝労働者の事、原発を動かす事による海の温度の上昇、決して原発は安くないこと、そして事故を起こした福島の現状などなど、私の持てる知識を総動員してお話した。

彼は浪人生で実家は福井だとのこと、原発がなくなればそこで働いている人や、原発で生計を立てている人がいるので心配だと言う。それに関しては地域の経済をどうするか考えなければなりませんね。としか私も言えなかった。彼は原発について漫然とした不安を持っているだけで、積極的に勉強しているよ うには見えなかった。現に小出裕章さんの名前すら知らなかったのだから… ただ原発がなかったら困るのではないの?と言う程度でとりあえず反原発のテントに興味を持って寄ったらしい。でも私のつたない説明にもちゃんと耳を傾けてくれ、チラシも受け取って下さったので、これから原発のいけないわけを学んでくれる事を願う。

 今日、私は午前中だけテントにいて、午後ウィメンズプラザに行きトークアンドライブ「原発のない未来へ」~上関原発を建てさせないために~に参加し、 祝島33年原発反対を続けてきた清水敏保さん、東海村前村長の村上達也さんのお話を聞いた。 清水さんによれば。島の人口は33年前には1500人だったのが、現在445人だが近年移住者も増えてきたとのこと。新しく来た人たちは畑が有って食べられれば良いということで来ている。人間、価値観の転換も必要ではないかという言葉に同感である。日本人は贅沢に慣れすぎているのではないだろうか? 村上さんの話で印象的だったのは東海村には未だに低レベル、高レベルの固体、液体の核廃棄物が処理されずに置かれているという事だった。村上さんはJCOの事故、水俣などを通して反原発の気持を強くしたそうです。

 休憩後の寿のライブも盛り上がって良かった。その後のパレードには参加せず帰宅する。(I・K)

七夕祭り 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3.11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は第1テント受付にお願いしてあります。  (H・Y)

僕の家の近辺でも滂踊りをやっている。盆踊りに夢中だった少年期のことを思い出すのか足を運ぶ。何か儀式でやっているようで熱気も何もない。淋しい思いで帰る。昨年は江東区で開かれた河内音頭踊りに出掛けた。これは良かった。今年も行きたいと思うが、テント前でこれが出来たらいいのにとあらぬ妄想をする。民衆のエネルギーとその自然な匂いの残るこうしたものへの郷愁が僕の心というか、体の底にあるのだけれど、祭りを失った都市というか、その現在を思う。想像を働かせ場、原発の存在と祭りを失っていく都市化は深く関係していると思える。想脱原発には自然と祭りの再性が関係しているのであり、運動にはその再性というか、要素が必要なのだとも思う。これは難しいことに違いないが、今回の七夕祭りが一端でも実現するいい。という意味でこのイベントに「いいね」を送る。(三上治)

テント日誌 7月25日(金) 経産省前テントひろば1049日 商業用原発停止310日

テント日誌 7月25日(金) 経産省前テントひろば1049日 商業用原発停止310日

 官僚たちの動きに注目し、対抗する闘いを生みだして行こう

稲妻が光り雷音と共に激しい雨もやってきたから、これで梅雨明けと予想した。7月20日(日)のことだ。でも、なんだかもう一つはっきりしない。今日も夕方にまた稲妻が光り雷雨だ。今度は間違いなく梅雨開けだろう。家では暑さの中、野球漬のような日々だ。午前中はBSテレビでメジャーリーグを見て、夜は巨人×阪神戦で、これから高校野球も始まる。これじゃ、と少し反省して外出をするが、出掛ける先は、まずテントにということでテントにくる。泊りの当番の日はともかく、他の日もできる限りはテントに足を運ぼうとしている。実際のところはなかなか難しいのだが…  国会が閉会中とあって毎週金曜日の官邸前行動を除けば意志表示の行動も少なくなってきている。そうは言っても霞ヶ関一体ではいろいろの行動がある。毎日何かしらの行動があり、テントにも伝わってくる。最近はイスラエルの抗議行動も目につく。テントの前の椅子に座ってなついてきた雀たちと戯れていたが、汗ばんできたので日比谷公園の方に散歩に出掛ける。カモメ広場では花壇の花が日日草に植え替えかえられている。いろいろの種類もあり、目を楽しませてくれるが、可憐なのがいいのだろう。地下鉄の掲示板には「東京にもいい避暑地がある」というコピーがあり、神楽坂周辺が紹介されている。 神楽坂は確かにいいところだが、僕も好きな街である。僕としてはテントを避暑地として出掛けてきてもらえないものか、と思う。避暑と闘いなんて一石二鳥じゃないかと思うがどうだろう。これは心持と工夫次第でそうなる。テント周辺をそのようにできると思う。耳をつんざくような声ではないが蝉の鳴き声はきこえるし、冷房なないけど、一陣の風はそれを満たしてくれる。  過日、ある新聞は集団的自衛権行使容認の閣議決定に背後で動いたのは外務省であり、湾岸戦争(1990年の第一次湾岸戦争)時のトラウマが要因としてあったと報じていた。安倍首相の考えは戦争のできる国家にという古典的国家の回復―戦後国家の清算―である。彼の国家観や戦争観は日本人の戦後の戦争観を媒介にしていない。国民の戦争に対する認識やその象徴である憲法9条はアメリカの押しつけ、国民を洗脳したものとして排除されているだけである。 同時に、湾岸戦争以降の地域紛争に対する日本の対応を踏まえていない。ここでは一部にでてきた一国平和主義批判(消極的平和主義批判)だけを利用している。言葉の上で積極的平和主義をふりまわしている。けれど中身がないから、まともな説明もできない。今、海外での戦争を決意しその法的整備を急ぐこと理由を明確にしえなかった。その隙間を官僚たちが埋め、また、その工作をしたのだという報道で、これは分かりやすい説明だった。海外での武力行使に踏み切るのに湾岸戦争以降の総括が安倍にはないことの不可思議さが幾分かは見えてきた。僕は官僚たちのこの動きには批判的であるが、安倍の理由や根拠の薄弱さの背後にあるものが分かってきたということだ。 官僚たちの政治支配力については随分と議論されたし、民主党への政権交代で中心課題だった。脱官僚支配が大きな政治主題だったのだ。自民党への政権交代でまた官僚は支配力を強めてきているのか。日本の政治の動きは政府や政党だけでなく、官僚も含まないと見えいくいところがある。本当の闘いはそこに視野が延びていないとできないということでもある。  僕らは経産省やこれが形成した原子力ムラ(マフィア)が原発推進の源であり、母体であることを認識してきた。だから経産省の前にテントをはり、敵の明示化と可視化を図ろうとしてきた。官僚が独裁的な政治支配力を持つことの批判はやさしくはない。彼らに対する批判は間接的になってしまう制度的な形があるからだ。それは間接民主主義という制度に包摂されているから、なおさらといえる。国民の意向や意志で対抗することは困難な所業である。そんな条件がある。しかし、また。官僚の弱さはそこにあると言える。 国民の意向や意志の上に名目的に存在するのが現在の官僚でありながら、彼らが国民の意志からは間接的な存在であることは強みに機能する。それは彼ら弱さでもある。彼らは権力としての自己の振舞いを正当かする力もそれだけ弱いと言えるからだ。官僚たちはその為にかつては天皇を、現在は政党を使って正当化に利用する。自己意志において権力行使の根拠を持てない。僕らはここに官僚との闘いの道もあるのだと思う国民の意向や意志の側から官僚のあまり方を批判し、それを阻止する道である。 官僚との闘いにはもう一つ持久戦的な道が必要なのだが、彼らは国民の意向や意志に政治家とは別の意味で恐れている。そのことに予想以上の神経も使っている。経産省前のテントだってその意味では力になっている。再稼動の動きが強まる中で、通産省や原子力マフィアが色々な領域に工作の触手を延していることに対抗するには具体的な対抗が必要だ。これは徒労を伴うものだが必要だ。しかし、同時に。国民的意志の方から対抗していくことも肝要だ。原発の存在や推進を国民の意志の側から批判して行く、運動や闘いが必要なのだ。(三上治)

  七夕祭り 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3.11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は第1テント受付にお願いしてあります。 (H・Y)

テント日誌 7月24日(木) 経産省前テントひろば1048日 商業用原発停止309日

テント日誌 7月24日(木) 経産省前テントひろば1048日 商業用原発停止309日

梅雨明けの大暑か、暑さを和らげてくれる風が欲しいね

梅雨が明けて昨日は大暑、今日もただじっとしているだけで汗が噴出してくる。熱中症にならないようにと水を飲むと尚更だ。午前中は訪れる人もなく、Kさんがコピーしてくれた雑誌や新聞の記事に目を通しながら座っていた。アサヒ芸能“元県議に続き国を「集団的自衛権の閣議決定は違憲」で提訴へと言 う記事に感銘した。

 昨日の朝日新聞の夕刊「A級戦犯の声を聞く」を読んで怒っていた後だったから余計だ。A級戦犯、鈴木貞一は国民にも戦争責任があると取れる発言をしていた。「国民が戦争を本当に欲しないという、それ(民意)が強く反映しておれば、できない。政治の力が足りなかった。(中略)政治家は一人で立っているわけじゃない。国民の基盤の上に立っている」と、本当ですか?

 当時は治安維持法などで国民は言いたいことが言えなかったのでしょう? 今も皆の無関心さを嘆く事が多いが、まだ表現の自由がかろうじて保たれているのですから、無関心な人たちにどうやって声を上げて貰うかが運動するものの課題ではないでしょうか?

 昼前から農水省の前で「頑張れ日本!全国行動委員会」の人が一時間ぐらい大演説をしていた。テントから詳細は聞き取れなかったが、「水産庁が尖閣の実効支配放棄を推進尖閣の漁業活動を阻止」と言う事に抗議していたらしい。 日の丸や幟を掲げて最後に何やらシュプレヒコールをあげていた。この団体は以前テントに現れたこともあるので心配したが、農水省抗議が終わっすぐ引き上げていったのでほっとした。

 その後先週も来て下さった茨城のSさんが寄ってくださり、テントの写真を撮って即スマホでフェイスブックにアップしてくれた。何分もしないうちに“いいね”やコメントがあったのにびっくり!そういう時代なのですね。Sさんはお仲間と月一回「利根町の人と環境を考える会」で勉強会を開いているそうで、そのチラシと前回の会でSさんが話された「原発と核廃絶」の レジメを下さった。

 明日は取手で拡大の金曜行動があるとのこと、たくさん集まると良いですね。 虎ノ門ヒルズを見に来たという方にOさんが声をかけたら茨城でお米を作っていらっしゃるとか? 原発はやっぱりいけないということで東海第二の事などの話でOさんと盛り上がっていた。

 通りがかりにご苦労様といって下さる老夫婦も、矢張りテントは大事な存在なのだと実感する一日でした。(I・K)

七夕祭り 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3・11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は第1テント受付にお願いしてあります。 (H・Y)

テント日誌 7月23日(水)裁判傍聴記 経産省前テントひろば1047日 商業用原発停止308日

テント日誌 7月23日(水)裁判傍聴記 経産省前テントひろば1047日 商業用原発停止308日

第7回公判傍聴記4   D.K.

「風鈴をつけたくなるよね。」抗議パラソルの女性とそんなおしゃべりするくらい夏本番直前の太陽が照りつけていた。僕が今回初めて傍聴に来たのは、原発を廃止したい一心だけからではない。実は、化粧品サプリメントのDHCが、その会長の政治と金の関係を批判した複数のブログを名誉棄損で個別に訴えるという事件が起こり、そのうちの一つ『澤藤統一郎の憲法日記』ではこのスラップ訴訟に反撃するための弁護団が結成され、弁護士ではない僕もその支援運動に参加することにした。だから、同じように、テントひろばという表現の自由をつぶそうとする国家によるスラップが許せないのだ。

幸運にも抽選に当って中に入った。冒頭、傍聴の注意事項にかんして「笑ってしまうのはどうですか」という被告の質問に、裁判長は困ったような顔をしながらも「審理に差し支えなければ」とにこやかに答えていた。早く結審して判決を出せという原告の要求(第三回公判)には従わずに、この日も被告の意見陳述に多くの時間を割き、占有事実の認否をしぶる原告にたいして文書を出すよう注文するなど丁寧に審理を進めながら、決して上から目線ではない村上正敏裁判長の態度には好感がもてた。

初めての裁判傍聴だったので分からないことだらけだった。占有「権限」って何だろうと思って、後で調べたら占有「権原」のことだった。字が違う。「ある法律行為または事実行為を正当とする法律上の原因」のことだという。そして「占有の場合には、占有を正当とする権利にもとづかないときにもその権利は保護され、占有するに至ったすべての原因が権原となることに注意が必要である」とある(不動産用語集)。ああ、それで被告は、どうしてテントが立てられるにいたったのか、その理由を長々と述べているのかと思った(まあ、弁護団の人に聞いてみたわけではないので、僕の独り合点かもしれないが)。

もう一つ不思議だったのは、被告ばかりがしゃべって、原告がほとんど沈黙していること。なぜだろう。被告側は、毎回いくつもの原発批判の意見陳述をしているみたいだ。これにたいして原告は何の反論も意見も言わない。これは、原告が、被告のこの種の陳述を「原告の主張に対する法律上の主張ではない」として初回から異議を唱えているので、その後も無視を決め込んでいるのだろう。傍聴人たちの思いをしゃべってくれる代理人には拍手が起るけれど、この種のスピーチは、法廷じゃなくても、集会やデモでいつでも聴けることだ。ましてや、原告代理人にとっては蛙の面に小便だろう。原告との丁々発止の議論に勝つことを期待していた僕にとっては少々物足りないものだった。

もしかすると、審理で重要な出来事は、僕らの耳に心地よい雄弁とは別のところにあるのかもしれない。そう思ったのは、被告弁護人が第2第3テントの成立の経緯を説明して、被告2名がこれらのテントを支配しているわけではないことを述べたあとの、原告と被告の短いやり取りを聞いたときである。正確には思い出せないが、法廷で筆記したメモによるとおよそ次のようだった。

原告──被告は占有を否認するのか? 被告──第2第3については支配していない。第1は共同占有である。 原告──(発言内容を失念) 被告──原告の言う意味での占有ではない。 裁判長──ここ(準備書面)に書いてある20名とともに占有している? 被告──そうです。 原告──占有権原は主張するのか? 被告──主張する。 原告──いつまでに? 被告──占有事実の認否を待って主張する。 原告──合わせて主張できるのではないか? 被告──(占有事実の)認否・反論は原告がやるべき。 原告──もうすでにやっている。 裁判長──(原告にむかって)準備書面をお願いします。 原告──それは検討してから……。

「原告の言う意味での占有ではない」というのは、おそらく、先程述べた「占有権原」、つまり、賃貸契約などによる占有ではなく、占有するに至ったすべての原因による占有のことであろう。後半では、原告が占有事実の認否を書面で行なっていないことが明らかになった。おそらく、監視ビデオを出すと面倒なことになると思っているのだろう。原告は、早く結審しろと注文しておきながら、審理を遅らせているのは他ならぬ彼ら自身であることが暴露された瞬間だった。 しかも、裁判長から書面を求められても「検討してから」と答える。原告代理人でありながら、省に持ち帰って上司に相談しなければ法廷で何も言えない。こういう無責任な態度は裁判官の心証に響くのではなかろうか。こういうやり取りがもっと見たかった。浅野弁護士は、報告会で、「なぜテントがあるのか(その法理)を組み立てるのはわれわれ弁護団の務め。しっかりやっていきたい」と抱負を述べた。期待しています。

本公判でも、被告側から本件訴訟が訴権の濫用にあたるとの陳述がなされた。毎回陳述しても終りにならないのは、日本には米国などのようなスラップ防止法がないからだ。あれば、国が国民の表現の自由を妨害するスラップ裁判など、とっくに門前払いされている。テントにしても上関にしても高江にしても、原発や米軍基地の是非をめぐる重要な公的議論が、どうして通行妨害や土地占有の瑣末な私的争議にすり替えられ、本当の問題が放置されねばならないのか。お金と時間と労力を無駄に費やして、裁判所だっていい迷惑だ。日本でもスラップ防止法を作るべきだ。

報告会では、福井地裁判決について河合弁護士の述べたことが興味深かった。樋口さん(裁判長)は賢い、科学論争の迷路に入らずに科学的だったと言うのである。例えば、基準地震動が700ガルであることが適当であるかどうかを論ずるのではなく、これまでに算出された基準地震動を超える地震が過去10年に5回もあったという事実をもって信頼に値しないと判断したことである。河合氏は、専門家の意見が分かれる科学論争に入り込むとキリがなく、多くの裁判所は結局権威に頼ってしまう、「僕らも反省させられた」「目を覚まされるところ大」だと語ったのであるが、われわれにとっても教えられるところ大である。

初回から傍聴してきた方の話によると、前回は都知事選の敗北もあって皆しょんぼりしていたという。今回は明らかに、5月21日の大飯原発差止めの福井地裁判決が大きな力になって勇気づけられている。また、当選確実視されていた原発容認の自公候補を卒原発候補が追い上げて破った7月13日の滋賀県知事選も大きい。人々がいかに一生懸命運動しても、選挙で政権を交代させなければ原発はなくならない。つぎの重要な選挙は、9月解散がなければ、次回公判から間もない10月26日の福島県知事選と11月16日の沖縄県知事選。勝たなくては。

報告会からの帰りに新宿に寄った。西口を出てルミネの角を曲がると、まだ明るい斜陽に照らされてあの歩道橋が見えた。梁の上に、めらめらとガソリンの炎に包まれる背広姿の影がいまも目に見えるような気がした。まるで何事もなかったように通りすぎる雑踏と幻影のギャップが、頭をくらくらさせた。僕は、ゆっくりと階段を昇り、あの人がどんな気持ちでここに来たのかを想像しながら、その歩道橋を一歩ずつ確かめるように往復してから駅に向かった。(了)

  七夕祭り 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3.11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は第1テント受付にお願いしてあります。 (H・Y)

テント日誌 7月20日(日) 経産省前テントひろば1044日 商業用原発停止305日

テント日誌 7月20日(日) 経産省前テントひろば1044日 商業用原発停止305日

S女子が数々の経験談を話していました

今朝は曇りがちで幾分涼しかった。 10時過ぎコンビニでおにぎりを買ってテントへ。 乱さんは睡眠中!Sさん一人、本を読みながら座っていた。 平和な朝です。 先日の裁判の事、新聞記事の話などをしていると、いつもより遅く正清さんが現れた。 昨日も3つの会合があったとか、だいぶお疲れの様子。 正清さん登場でSさんは安心して帰られた。 少ししてイスラエル大使館、官邸前で一人ひそかに抗議のアピールをしてきたTさんが来てくれた。 同時に2週間前にもテントからツイキャスして下さった杉並のMさんが来てまたツイキャスを試みて下さったが、機材に問題あり上手く行かなかった。写真を撮ってカンパを置いて帰られた。

2時過ぎ太陽が現れ蒸し暑くじっとしていても汗が湧き出てくる。 浜松から来てくださったお二人の方、教職についているとか、今回は観光で来たのだけれど、テントには一度来たかったとおっしゃる。 JRのバスでテント前を通り、あっ!やっていると思ったそうです。 Tさんがテントの出来たときから裁判に至るまでを丁寧に説明し、毎日テントに来てくださるS女史が数々の経験談を話していました。

私は浜岡原発の防波壁の事など伺いましたが、とても薄っぺらで、砂地に建っている原発はとても危険だとのこと。浜松でも駅前で金曜行動をしているそうです。参加者は数十人だそうですが、全国に運動が広がっているのは心強いですね。再稼働阻止全国ネットネットワーク編の本「原発再稼働絶対反対」をお勧めして買っていただきました。 学校でも原発の事など話すのは来て下さったお二人だけの様で市民運動のことも教えるべきと言っていました。 矢張り教育は大事ですね。

休日は人通りが少ないので雀さんたちも安心して足元までやってくる。 折角慣れたのだから手から餌をと思っているが、なかなか上手く行かない。 夕方来たHさんが餌を載せた手を道路に近づけて待っていたら、すずめがその手から食べるようになった。さすが動物の心理を良く知るHさん!

今日もまた雲ゆきが怪しいので4時半ごろテントを去ったら、最寄の駅で雷雨に見舞われた。家についてびしょ濡れの衣服を着替えシャワーを浴びてホッとする。

テントに何時まで通わなければならないのだろう!と言うのが本音。早く脱原発を決めて欲しい! (I・K)

 第二テントにも泊りがあって

I・Kさんが雷雨に見舞われた頃、私が利用する私鉄は落雷のために不通。やむなく振替輸送で遅れてテントに到着した。21日が休日なので、久しぶりに3人の西口女性が第2テントに泊まってくれる。 来訪したTさんと5人でワインとフランスパンを食しながら、秘密保護法、集団的自衛権、原発再稼働、武器輸出と原発輸出の安倍「死の商人」、マレーシア航空機墜落、イスラエルによるガザ空爆・地上侵攻、などなど嘆くことばかり。結局軍事産業が喜んでいるだけではないか、とも。それにしてもNHKの報道があまりにひどいので、Tさんは東京新聞の「反響」欄に訴えて載ったそうだ。これも大切な社会運動!

朝は曇り空で肌寒いぐらい、やはりエルニーニョ現象か。テントひろば前は休日の為に人が少ない。それでも観光バスがすごいエンジン音とともに通り過ぎていく。そんな中で、第2テントで眠った女性たちが理髪店を始めてなごやか。Kさんの器用なはさみ捌きでAさんの髪が短く小ざっぱりになっていく。 8時には経産省の警備担当3人が来ていつもの会話。「安全も安いも電力足りないも嘘だった。誰が責任をとったのか?」と尋ねたら、私たち警備に言われてもと逃げる。 (K.M)

  七夕祭り 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3.11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は第1テント受付にお願いしてあります。  (H・Y)

テント日誌 7月19日(土)特別版 経産省前テントひろば1043日 商業用原発停止304日

テント日誌 7月19日(土)特別版 経産省前テントひろば1043日 商業用原発停止304日 前号の訂正 裁判傍聴記2の宇都宮徳馬→宇都宮健児です。

【テント外伝…13】   山村 貴輝

東日本大震災取り分け福島の原発事故から「共同体の在り方」を考える

東北大震災取り分け福島の原発事故の問題について、我々は現在に至るも未整理である。それは、事故の規模の大きさから、あるいは深さから来るものであり、その問題を切開する切り口すら見つからない。無論切り口も一つではなく多方面、多角度であるが、その前で佇んでいるのが実情である。この災害と事故で「何が破壊されたのか、それを修復する道はあるのだろうか」と言う現象分析すら明確に提起されていないのだ。

だが、政府や自治体が住民不在のままで手前味噌にロードマップを敷き、恰もそれが復興への道であるということを唯黙って黙認する訳にも行かない。政府や自治体のロードマップがそこにおける「生活共同体」の復興とは無縁であり、形だけ住めれば良いという極めて安易な復興計画に住民はなぜ乗らないのか、と言う現実を一つの切り口にして考えることも方法論的に成り立つだろう。 過酷な仮設住宅での生活実態は、人々が本来持っている「生活共同体」は存在せず雨さえ凌げばよいという安易極まる施政方針である。あるいは海岸地帯から高台に移転するという、生活の場所の移動と言う施政方針が実際には従来延々として地域において形成された伝統的生活空間の破壊である、と言うことに気付かない復興事業とは一体何だろうか。高台に移動すれば津波対策になると言う安易な発想である。そこには、伝統的生活空間はない。こういう発想には、霞ヶ関のビルの中で官僚と、専門家と称する連中が思い上がりと自己の立場性を勘違して机上で作り上げた、どこの地域でも似たようなステレオタイプの「計画図とロードマップ」があるに過ぎない。

地域と文化と伝統は一体のものであり、そこには生者と死者も共存する「生活共同体」なのだ。今回、多くの死者を生んだ事故であればこそ生者と死者とを「行政的に分け隔てる」復興事業など、人と人の過去と現在を紡ぐ関係性を(死者も含む)無視するものであり、地域の文化と伝統と生活共同体の紐帯を破壊するものである。そうなると、仮設住宅群と言う一種のゲットー同様のものの拡大再生産であるのだ。

阪神大震災後の仮設集宅群で発生した「孤独死」が、今また東日本大震災後でも「孤独死」と言う非劇が再現されている。行政は「見回りを行う」と言う小手先の対策しか打てない。この、「孤独死」の中には生きる将来に絶望した人の自殺が少なくないことにも、この問題の根深さを考える必要がある。

ここに、内山節の意見があるので少し長くなるが引用した。原書は「内山節:共同体の基礎理論-自然と人間の基層から 農文協」である。なお、参考文献として、竹端寛氏のブログである「共同体の「古層」にある内在的論理」からの引用を行ったことをお断りしておきたい。

まず、内山は「「地域共同体とは何なのであろうか。地域というひとつのものにすべてのメンバーが統合されていると考える地域共同体論は正しいのだろうか。私が上野村や訪れた各地で経験してきた地域共同体はそういうものではなかった。共同体に暮らす人ではなく、共同体を観察した人達の地域共同体論の問題点が、そこにはあるような気がした。私は共同体は二重概念だと考えている。 小さな共同体がたくさんある状態が、また共同体だということである。ひとつひとつの小さな共同体も共同体だし、それらが積み重なった状態がまた共同体だとでもいえばよいのだろうか。このような共同体を私は多層的共同体と名づける(内山同上書 以下同じ)」と問題を投げかける。ここで内山が言う上野村とは、内山が40年以上に亘り、東京と群馬県上野村での生活空間を一年間およそ半年に亘り住み暮らしている里山農村である。それはそうとして、以下竹端寛氏の上記の文章を参考にして内山の意見をかいつまんで紹介する。

この「多層」性とは、複数の意味合いを帯びている。例えば山梨では今でも「無尽」が残っているが、この無尽を幾つか掛け持ちすることが、その人がいくつかの共同体から承認されている、「人びとの信頼を得ている」証である、という。また、こういった無尽や職能団体の寄り合いだけでなく、お祭りや信仰についても、部落毎に異なっていて、これも多層性を織りなしている、と内山はいう。更に言えば、自然との折り合いも含めた多層性である、という。

「日本の共同体は自然と人間の共同体として、生の世界と死の世界を結合した共同体として、さらに自然信仰、神仏信仰と一体化された共同体として形成されていた。ここには進歩よりも永遠の循環を大事にする精神があり、合理的な理解より非合理な諒解に納得する精神があった。人びとは共同体とともに生きる個人であり、共同体こそ自分たちの生きる『小宇宙』であると感じていた。」そう、共同体こそが「小宇宙」だったのである。明治期以後の国民国家や廃仏毀釈、戦時統制、あるいは戦後の高度経済成長やその後のグローバリゼーションの到来で、この「小宇宙」は壊されていった。 が、基本的には共同体は合理も非合理も含まれる、ブラックボックスとしての「小宇宙」であり、その中で、自然との折り合い、先祖や道祖神、様々な祭りや祈りとの折り合いをつけながら、集落の、あるいは仲間との、あるいは仕事の関係者との、多くの小さな共同体を作りながら、その小さな共同体が「小宇宙」と共振し合うなかで構成されていった。そこから、内山は、これまでのコミュニティ・共同体論には見られない、重要な指摘をする。

内山は「自然と人間が結び、人間が共有世界をもって生きていた精神が、共同体の古層には存在している。それが共同体の基層であり、この基層を土台にして時代に応じた、地域に応じた共同体のかたちがつくられる。ゆえに共同体が壊されていくというとき、その意味は、自然と人間が結び人間達が共有世界を守りながら生きる精神が壊されていくことを意味する。(略) 共同体はその『かたち』に本質を求めるものではなく、その『精神』に本質をみいだす対象である」と指摘する。

従って内山は、ゲマインシャフトやゲゼルシャフト、アソシエーションやコミュニティといった、共同体の『かたち』や機能別類型は本質ではない、と言い切る。そうではなくて、自然も含めたその地域で、その時代を、地域の人とどう共に生きていくか、という「精神」こそ、共同体の古層であり、本質である、というのだ。だからこそ、共同体が壊れていく際、復活すべきなのは、「かたち」ではなく、「精神」である、ということになる。ただ、この「精神」は単なる過去を賞賛・過剰に称揚するようなものとは違う、現代にも(再)構築可能なものである、という。

続けて内山は「私たちがつくれるものは小さな共同体である。その共同体のなかには強い結びつきをもっているものも、ゆるやかなものもあるだろう。明確な課題をもっているものも、結びつきを大事にしているだけのものもあっていい。その中身を問う必要はないし、生まれたり、壊れたりするものがあってもかまわない。ただしそれを共同体と呼ぶにはひとつの条件があることは確かである。 それはそこに、ともに生きる世界があると感じられることだ。だから単なる利害の結びつきは共同体にはならない。群れてはいても、ともに生きようと感じられない世界は共同体ではない。課題は、ここにともに生きる世界があると感じられる小さな共同体をいかに積み重ねていくか、なのである。それが積み上がっていけば、小さな共同体同士の連携もまた形成されていくだろう。ここに共同体があると感じられる時空も生まれていくだろう」と指摘する。共同体形成の基本的意識構造である。

さらに内山は「ともに生きる世界があると感じられること」。これが共同体の「精神」の本質である、という。その時、合理的な利害ベースではなく、自然災害も家庭問題も失業も、様々な矛盾や非合理をひっくるめた自然や隣人を、「ともに生きる」から、と分かち合う、そんな共同体の積み重ねが、共同体の再生には必須だという。その上で、社会の変革についても、次のように指摘する。

「システムを変えれば世の中はよくなるという発想から、それぞれが生きる世界を再創造しながら世の中を変えていくという方向に、変革理論自身が変動してきたといってもよい。(略)道筋が、システムの変革からはじまるのではなく、生きる世界の再創造をとおしてシステムの変革も求めるという方向に変わったのである」という。

例えば、60年代以降高度経済成長に伴い都市部の周辺の丘陵を開発し、多くの「ニュータウン」が作られた。だが、今現在「ニュータウン」の人口は減り、居住者の高齢化が社会問題となっている。「平成狸合戦ぽんぽこ:1994年高畑勲作品」にみられる開発への自然(この場合「狸」が象徴である)の抵抗を圧殺した結果が、今の「「ニュータウン」の現状を表している。 そこには「システムを変えれば世の中はよくなる」と言う安易な発想の破綻が見られるのだ。仮想空間のモデル自体が「共に生きる社会」を否定して、さらに地域の伝統的文化の継承を否定することの破綻である。つまり、現実社会が「過去‐現在‐未来」と言う歴史的継承の上に成り立っているが、そこで伝統的文化を継承しない仮想空間が未来への展望を切断することで、我々の社会そのものの立脚する構造を破壊したのである。

実はこの仮想空間をモデルに作った「社会活動の基本モデル」に欠けていたものこそ、内山が共同体の古層とも呼んだ「ともに生きる世界があると感じられる」という「精神」である。この「精神」は、目的合理性を持った「社会ビジョン」とは異なり、自分がそこに生まれた時に、既に親や先祖から伝わっている通奏低音であり「古層」である。 だから、この「精神」は、四つの層の下に拡がる(思考・感覚・感情・直感という意識層)、ある種ユングの集合的無意識論と繋がるような「精神」である、と理解している。自我の下にあって、その共同体のこれまでの歴史やローカル・ノレッジを下支えしているけれど、普段意識することがない、そんな無意識であり「精神」である。これは、近代合理主義的な分析手法では析出されない何か、である。

ここでの「古層」とはユングの集合的無意識論であると共に、生者と死者とが織りなす「生活共同体」であり、地域に育まれた伝統的文化である。この内山の意見は2010年に記したものであるが、2011年3月11日以降ますますその意見は鋭さを増している。ともに生きようとする文化的・生活的環境を無視し、圧殺する復興事業はあり得ないのだ。ましてやますます混迷する原発事故の拡大は、「生活共同体性」をより広範囲に徹底的に破壊し続けている。そして、取り返しが付かない膨大な事故の対処は結局のところ「福島棄民化策動」を安倍政権は行っている。断じて許されるものではない。

経産省前テントひろば七夕祭   8月2日(土)午後7時から約2時間  内容(予定): 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3・11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。

2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は今日から第1テント受付にお願いしておきます。   (H・Y) 

テント日誌 7月18日(金)裁判傍聴編 経産省前テントひろば1042日 商業用原発停止303日

テント日誌 7月18日(金)裁判傍聴編 経産省前テントひろば1042日 商業用原発停止303日

テント裁判傍聴記1 ヘミング味岡(藤沢市)

  ン十年まえ直接的民主々義というものを知ってから, 世の中で行われている手続き的民主々義に関心を失った。  テントは前者に属しテント裁判は後者に属する。だから これまで傍聴の動員には毎回応じてきたが,自分が傍聴 席に座りたいとは思っていなかった。   今回の法廷では被告側による5/21の福井地裁判決の 評価(詳細な)が行われた。この判決については(私はミステリーチャンネルをよく見るのだが)BBC制作のドラマにあるような名判決だと思っていた。同様に今年 になってからは静岡地裁の袴田事件判決(2014.3.27.)というものもあった。   最近知ったことだが【問題】イギリスに憲法はあるか ?【正解】憲法はあるが,憲法典はない。それでいて良質なコモンセンスに支えられた判決が行われるのだそうだ。         
ひるがえって【問題】日本国に憲法はあるか?【正解】立派な憲法典はあるが,憲法はないに等しい(笑い) 報告集会の後,アルコールも入った場で私の周辺で話 題になったことは,①福島原発周辺の汚染区域に高齢者 が入植し村作りをする案,②原発内東電社員による第二 組合結成策動案など。手続き的民主々義が闘われている 中にも「成り行き的自由の追求」はあり得るのだった。

テント裁判傍聴記2  西島延大

私の知人にテント村の住民がいる。彼も私も70歳を過ぎている。ここまで歩んできた人生の道程は全く異なる。私の場合は当時、多数のサラリーマンが歩んできたごくごく当たり前の人生だと思う。日本がすべての分野で右肩上がりの中少しは日本の経済発展に寄与したのではないかという自己満足の世界で今日をむかえた。しかし定年退職し会社から解き放され周りを見渡した時、会社以外のことになんと無知であったかを改めて知りました。異なる電車に乗り換えたとき車窓から見える景色の違いに喜んでみたり、楽しんでみたり、怒ってみたりしてそれが今では生活の一部に組み入れられています。しかし、私の知人は学生時代からぶれることなく同じレールを走り続けている、これは中々出来ることではない。

今まで従順に従ってきた「権力」に対し、縛りを解かれ冷静な常識に戻った時にその「権力」対する不信と反発が出てきた。特に3.11以降の国や官僚(行政)に対する反発は強まった。それが抗議集会に参加させる動機になっている。そんな訳で、テント村裁判も第2回から参加しているが籤運が悪く今まで2回しか傍聴できていない。後の報告集会には参加している。が第7回は傍聴できましたので傍聴記をまとめてみました。

・傍聴記

法廷の枠の中には、原告の国側11名、被告側14名の出席者。14時より少し遅れて始まりました。冒頭、裁判長は「傍聴の方は拍手したり、大声を出したりしないでください」と云われたそのあとすぐに被告のFさんが「裁判長質問ですが、笑うのはどうですか」と質問しましたがそれには裁判長も明確に答えず口を濁して口頭弁論に入りました。

先ず河合弁護団長の陳述から始まりました。

河合団長は5月21日の福井地裁の判決から説き起こし、このテント裁判の関連を分かり易くしかも論理的に説明され傍聴者にもなるほどと納得いくものでした。即ち福井裁判の判決では憲法13条に基づく「人格権」を重視したことと「国富論」の正しい解釈がなされた。これらは科学的な迷路に入らずに、しかし科学的な論証で判決が下されていて素晴らしい。このことはテント広場が当初より主張していることが裏づけられた判決である。そしてさらに50年以上安心、安全だと云ってきた国、即ち経産省と東電の責任は重大である、この訴訟は権利の乱用であり直ちに取り下げるべきである。

次に浅野弁護士がテントの占有者を2人の被告に決めつけようとすることに対しての反対陳述をしました。占有権限についての事実関係の詳細を被告側が提出しているにも関わらず国側はその認否をしようとしないで、あくまでも2人の被告が占有している事にしようとしている。そうではないとこの詳細を陳述された。

更に元弁護士会会長の宇都宮徳馬弁護士が意見陳述された。

このテント活動は憲法21条の表現の自由を保障するにあたる。これを訴えることは職権の乱用にあたる。と陳述された。

次に被告のMさんとFさんが最近のテントの状況や石原環境大臣の発言に対し福島の女性の環境省へ抗議がされたことの報告があり、世界が注目するこのテント訴訟の取り下げを訴えられた。途中国側は占有者の確認の質問がなされたが、浅野弁護士が提出している陳述書を読み認否をするようにと解答された。

以上が傍聴の概要です。

・傍聴後記

被告側からの意見陳述はすべて納得させられるものでした。特に福井地裁の判決は一つの大きな潮目が変わる予感がします。今やこのテント村が日本の脱原発のシンボリックな存在です。これからも傍聴し続けます。

テント裁判傍聴記3  テント金曜当番 上村信一

  7月16日午後2時から若干遅れて開廷。前回公判からの流れで我が弁護団長である河会弘之弁護士の弁論からスタート。

河会弁護士は、先の5月21日の福井地裁判決理由10のうち9つは全国の原発について当てはまるもので、日本の全原発を禁止する内容となっており、テントに結集する人々の言っていることと同一であり、この地裁判決によって正当性が裏付けられた。また、国民の人格権を広範に傷つける深刻な原発事故を引き起こした責任は、国策という名のもとに50年に亘り原発の推進をした経産省にある。その責任ある経産省が、正当性のあるテント発言者に対しての不当な訴訟であると主張。加えて、福井地裁判決を引用し、基準地震動を超える地震が5回も原発で発生して、耐震性に根拠がなく信頼性がない。

 福井地裁判決は、科学技術論争の迷路に入っていない特徴がある。 さらに、国富論と公害の問題に言及し、国は、原発稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、多数の人々の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的には許されない。原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことが出来なくなることが国富の喪失だと倫理的な反論をしていると主張。

 公害問題では、原発事故こそ史上最大の公害である。 CO2をとるか放射能被曝をとるかは比較にならないと述べて弁論を終えた。

 次に浅野史生弁護士から、第二、第三テントの設置から、今日に至る事実関係の詳細な弁明があり、第二テントは、原発いらない福島の女たちによって設置され、抗議と座り込みの拠点として使用されてきた。 第三テントは、平和と民主主義を目指す全国交歓会、略称ZENKOが設置し、テントに於ける抗議行動の共用テントとして使用されている。  このような経緯から、第二、第三テントについて本件被告人、正清、渕上の支配権が及ばないことは明らかであると主張。 

 また、第一テントは、本件被告2名のほか、20名の人達が私も占有者であると名乗り出ており、正清、渕上の2名だけが占有者ではない。この事実関係の認否を国側に求めた。

 続いて、弁護団副団長の宇都宮健児弁護士から、戦争以外で個人的な財産権、人格権が奪われることは原発事故以外に考えられない。テント撤去は、基本的人権を損なうものであり、訴権の濫用であるから、本件訴訟は取り下げるべきである旨の論述がなされた。

 次に被告人の論述に移り、正清さんは、安倍首相は多くの原発被災者を切り捨てるつもりなのかと問いたい。原発被災者のことを思うと強い怒りを感じる。 テントには、海外からも多くの来訪者があり、また、海外メディアの取材も多数ある。彼等は異口同音に頑張ってくださいと言う。これらのことから、脱原発の運動がテントの存在を通して広く海外にまで訴えることが出来る重要性を主張した

続いて、渕上さんが、今後、原子力安全委員会が適合審査の合格証を出す、それを受けて、政府が原発の再稼働を推進し、地元立地自治体が協力するとなると、一体誰が原発の安全性の責任を負うのか、誰も責任を負わないではないか。 原発政策を進める国、立地自治体、原子力安全委員会は、日本にある全原発の再稼働を事実上禁止する福井地裁の判決を真摯に受け止めて貰いたい。 私達は、今後も全原発の廃炉と再稼働に反対の抗議をテントから発信し、多くの市民と共に政府に訴えていくと論述した。

 被告人側の弁論が終わったことで閉廷かと思ったとき、被告人を正清、渕上の二人に限定して訴訟を進めたい国側が突如として浅野弁護士が求めた事実関係の認否をせずして、占有権原の有無を被告弁護側に求めた。

 これに対し、浅野弁護士が顔色を変えて、まず、事実関係の認否をせよ。占有権原は法律論となるので、事実関係を確認しないことには、法律論には入れない。占有権原は当然有する。内容については次回述べると発言の後、裁判所、原告の国、被告弁護団と事実関係の認識の確認のやりとりがあり閉廷した。

全般的な印象としては、村上正敏裁判長の丁寧な審理の進め方に敬意を表したい。 それに対して、国側の汚さには、辟易するような嫌悪感を抱いた。 次回公判は10月14日午前10時30分から、103号法廷で行われる。ぜひ、皆さんのご参集をお願いしたい。     

テントからのお知らせ

経産省前テントひろば七夕祭り 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3.11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は今日から第1テント受付にお願いしておきます。  (H・Y)

テント日誌 7月17日(木) 経産省前テントひろば1041日 商業用原発停止302日

テント日誌 7月17日(木) 経産省前テントひろば1041日 商業用原発停止302日

各地で行われている反原発行動をちゃんと報道して欲しい

10時少し過ぎテントに着いたら泊まり開けの人たち3人が座っていた。 差し入れのアイスクリームが一個残っていたので溶けないうちにと頂いて冷をとる。平日のテント前は車や人通りが多いが、訪れる人は少ない。そして雀さんたちもあまり来ない。

 たまに来る人は飯野ホールは何処ですか? 裁判所は? と尋ねるぐらい。 今日は日誌の話題になるような事はないな?と思っていたら、一人現れた。テントの写真を写しているのでチラシをお渡しする。どうも前にお見かけしたような気がしたので茨城の方ですよね?と声をかけたら、やっぱりそうだった。 実家が大分で、帰郷したときは大分の九電前行動に参加しているとのこと。

官邸前と同じように先日101回目を迎えたとか?大分では通る人たちの反応もよくみんなチラシも受け取ってくれると言っていました。

 茨城でも活動なさっていて取手駅前で金曜行動をしているそうです。 フェイスブックの写真を見せながら色々説明して下さった。地元の反原発町議や県議とも手を取り合って活動を広げていっているそうです。茨城では東海第二原発が5月に新しい規制基準での適合審査を原子力規制委員会に申請したことなどで話が弾んだ。各地で行われている反原発行動をちゃんと報道して欲しいなあ!と強く思う。

 その後通りがかった男性、頑張って!とSさんと私に握手して行った。 午後ちょっと雲行きが怪しくなったのでHさんの登場と同時にテントを後にし た。
(I・K)

テントからのお知らせ

 七夕祭り 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3.11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は今日から第1テント受付にお願いしておきます。 
(H・Y)

テント日誌 7月16日(水) 経産省前テントひろば1040日 商業用原発停止301日

テント日誌 7月16日(水) 経産省前テントひろば1040日 商業用原発停止301日

規制庁への抗議行動とテント裁判第7回口頭弁論があった

 梅雨開け前のむし暑さの中で、規制庁への抗議行動が11時から六本木の規制庁前で行われた。国会前でも抗議行動がなされた。川内原発再稼動のための「お墨付き」をあたえようとする原子力規制委員会に対してである。この日、原子力規制委員会は九州電力川内原発が新規制基準を満たしているとした。「新基準に適合」しているという解答をしたのだ。これは以前から言われているように経産省、あるいは原子力マフィアと呼ばれる面々が書いたシナリオである。川内原発を突破口に他の停止中の稼動が目論まれていることはいうまでもない。

川内原発の再稼動は秋と予想されているが、来るべきものがきたに過ぎないのであり、その阻止に向けて我々は全力を傾注するだけである。川内原発再稼動に動きが具体化し、そのプログラムが明確になってきたことは確かだが、その成否は我々の反対行動にかかっている。我々には国民の反原発意志しか頼るものはないが、それは根底的なものでもあり、その勝負をやるしかない。考え行動し、行動しては考えるという過程の中で、想定を超えたものも出てくるかもしれない。じっくりと腰を落ち着け、したたかな闘いを挑もうではないか。

また、今日は14時から東京地裁の103号法廷ではテント裁判第7回口頭弁論があった。河合弁護団長がこの間の大飯原発訴訟の福井地裁の判決を解説しながら、あらためてテントの存在の意義を申し述べた。その後にテントの占有の問題に入っていったが、経産省側は占有者二人の特定は代表者としての事で背後にいる人々の存在も含まれているという弁論で、占有者を二人に特定したことを切り抜けようとしているが、これはそもそもどういう目的でなされてものかを無視したものである。裁判の詳細については正清・淵上の意見書や傍聴記などでおしらせするが、次回の10月14日(火)の第8回口頭弁論(10時30分開始)に注目していただきたい。 (三上治)

 8月2日(土)午後7時から約2時間 1) 講談「望郷桜」15ー20分 福島県双葉郡富岡町は昔から東北有数の桜の名所。しかし放射能に町を奪われ、人々は散り散りに避難していました。ところが埼玉県幸手市の権現堂公園には一本の富岡桜が育っていたのです。埼玉県内に避難している富岡町の人々が… アマチュア講談師 甲斐織淳さん 3.11以来、田中正造の取材を始める。神田香織「チェルノブイリ」を聞いて入門、「田中正造伝」シリーズを自作自演で語る。 2) 音楽 浦邉力さん他の方々 約1時間半? 3) 飲食物: 素麺(新橋事務所で茹でて、冷やして持ってくるつもりです)、胡瓜、ほか。 リクエスト受け付け中。 4) 笹飾り 前日(8月1日)昼間に出します。金曜行動のみなさんにも見ていただき、短冊を書いていただくために。願い事を書くための短冊用紙は今日から第1テント受付にお願いしておきます。  (H・Y)