テント裁判第8回口頭弁論
10月14日 9時半 地裁前抗議集会、10時半~、東京地裁大法廷、13時~、裁判報告集会
 
 

テント裁判第8回口頭弁論

10月14日 9時半 地裁前抗議集会、10時半~、東京地裁大法廷、13時~、裁判報告集会

9・11脱原発テントひろば3周年・再稼働阻止大行動 ――― 経産省包囲怒りのヒューマンチェーン―――
 
 

9・11脱原発テントひろば3周年・再稼働阻止大行動
 ――― 経産省包囲怒りのヒューマンチェーン―――

テント日誌 8月24日(日) 経産省前テントひろば1079日 商業用原発340日

テント日誌 8月24日(日) 経産省前テントひろば1079日 商業用原発340日

10時頃テントに着いたら正清さんがもう来ていた。泊まり開けのMさん、私の到着をま待って帰っていった。乱さんは就寝中!寝溜目が出来るという特技をお持ちだ。

 以前より幾分風が涼しい気もするが、まだ暑い。テントの中は32度だそうだ。 Mさんが昨日築地から買って来てくれた氷塊がまだ残っていたので溶けた水で クールスカーフを冷やして首に巻き暑さを凌ぐ。午前中は人通りも少なく、訪れる人も居ない。

 ボーット周囲を眺めていて昨夜のテレビでやっていたスコットランドの独立運動のことを思い出す。スコットランドのとある町では賛成派の女性が反対している人の家を一軒々訪問して話し合っていた。私もただ座っているだけで良いのかな?と反省。自転車で信号待ちしている人、数人にチラシの押し付けをする。でも黙って受け取ってくれたので良かった。見て考えてくれたら嬉しいけれど…

 最近、はとバスの乗客の中には積極的に手を振ってくれる日本の方も増えたような気がする。テントの知名度が上がったのか…

 12時ごろ正清さんが集会に参加のためテントを離れた。1時過ぎ川柳句会に参加の人が来てくれたのでSさんも帰宅。留守番が少ないので今日の句会はパスと思っていたら、久しぶりにヨーカンさんが来てくれたので座っていてもらい参加する事にした。毎日来てくださるM子さんと一緒に句をひねる。

今日のお題は「テント丸3年」と「学ぶ」でした。 乱さんの選による秀作と特選 「テント丸3年」の秀作 1)経産省横に3年居つづける(芒野) 2)丸3年聞く耳持たぬ経産省(草地) 3)たくさんの人に守られ丸三年(I・K) 4)丸3年民意をつなぐテントかな(?) 5)脱原発叫び続けて丸3年(I・K)

特選 脱原発桃も実がなる丸3年(芒野) 桃・栗3年柿8年ですね!さすが!

「学ぶ」の秀作 1)事故後から学ぶべきこと増えつづけ(芒野) 2)失敗を学ばぬ国に明日はない(越前クラゲ) 3)狂い出す世界を前に理由(わけ)学ぶ(芒野) 4)テント前会話の中に学びあり(I・K) 5)歴史から学ばずアイヌ冒涜す(越前クラゲ)

特選 フクイチから何も学ばず再稼働(草地)

句会の終わりごろ埼玉のKさん、第2テントのHさんが来てくださったので私はテントを後にした。 (I・K)

許せない官僚の横暴! もっと開かれた会議を!

 8月25日(月)に郡山市で開催される「廃炉・汚染水対策福島評議会(第4回)」の傍聴を申し込んだが、残念ながら資源エネルギー庁事務局からの招待状メールは来なかった。私は過去3回の評議会を傍聴して監視しながら、少々の不規則発言をした。前回は評議会終了後、赤羽副大臣を前にして、「経産省も資源エネルギー庁もイチエフ事故の責任をとっていないぞ」「安全だ安い電力足りないと嘘をついたのは誰だ」と当たり前の発言をしたが…。  それにしても、「国民」の傍聴の権利を奪う日本の官僚はひどい。海外には、官僚の権限を絞り、「国民」に奉仕する公僕であることを当然としている国があるというのに。会議をぶっ潰そうとしている訳では無い「善良」な「国民」、セクハラ発言をする議員でもないのに、傍聴の権利を奪う日本の官僚は許せない。

今度の9月11日(テント設立3周年)には沢山の人で経産省・資源エネルギー庁に強く抗議したい。  (K.M)

 テントからのお知らせ

8月30日(土) 「川内原発を再稼動させるな!0830再稼動反対★国会前大集会:場所:国会議事堂前、時間:17時~20時.主催:首都圏反原発連合

9月11日(木) 9・11脱原発テントひろば3周年・再稼働阻止大行動 ――― 経産省包囲怒りのヒューマンチェーン―――

<主催・呼びかけ> 経産省前テントひろば 経産省前テントは開設1000日を超え、9月11日、3周年となる。福島原発事故はいま未だ収束せず、汚染水は漏れ続け、14万人が避難生活を余儀なくされ、小児甲状腺がんが異常多発し、89名となった。しかし、原発推進の最大責任官庁である経産省は福島第一事故の責任を一切取らず、「エネルギ―基本計画」閣議決定させ、再稼働を推進するに至っている。福井地裁判決は政府の原発政策を根本から問い直し、東京検察審査会は東電首脳3名を”起訴相当”とした。経産省も責任を免れることは出来ない。我々は許さない。9月11日私達は再度経産省を包囲し、再稼働阻止!テント裁判勝利に向け、全国・全世界の人々と連帯し、4年目を闘い抜くことを宣言する。多くの方々参加を呼びかけます。

16時―17時 本館前及び別館前アピール行動       首相官邸及び経産省に対する申し入れ行動 17時―18時 記者会見(テントひろば前) 18時―19時半 経産省前集会 19時半―20時 経産省包囲怒りのヒューマンチェーン  

テント日誌 8月17日(日) 経産省前テントひろば1072日 商業用原発停止333

テント日誌 8月17日(日) 経産省前テントひろば1072日 商業用原発停止333

簡単には去らない猛暑である

一週間ほど前から我が家の近くでツクツクボウシが鳴き始めた。  秋の知らせと思ったが、そうそう簡単に猛暑は去ってくれないようだ。 今日も午前中は時折さわやかな風が吹いてほっとしていたが、 午後になるとじっとしていても汗がにじみ出てくる耐え難い暑さだった。

テントをじっと眺めている二人、一人は外国の方だったので英語のリーフレットをお渡ししたら、イギリスの方だった。友人がグリーナム・コモンにいたとのことグーグルで検索してみてと言い写真を撮って帰られた。

成田から来たという男性に金曜行動は何処でやっているのですかと聞かれた。 チラシをお渡しして説明すると彼は東海第2の事を心配していて、暇を見て参加したいと言っていた。

自転車で通りがかった方がじっとテントを見ていたのでチラシをお渡ししようと原発の事どう思いますか?と聞いたら“賛成!”とのこと。どうしてですか?との問いには答えず去っていってしまった。残念です。賛成ならそれなりの考えを聞かせて欲しかった。

3時頃までテント前はひっそりとしていたが、その後日比谷に集会から流れてき た人たちや、A子さん、たんぽぽ舎のHさんが来てくれて金曜行動のスピーチはどうして原発に限られるのかなどで話が弾んでいた。

映画「ハイ・パワー 大いなる力」も見たかったが、明日 にそなえ私は4時過ぎに失礼した。 (I・K)

「ハイ・パワー 大いなる力」サマーナイト・シアター報告 日印原子力協定を止めよう

経産省前テントひろばに来られた縁で開催したサマーナイト・テントシアター、 丁度第2テントが一杯になるくらいの15名で非常に有意義な夜を過ごした。 まず、「ハイ・パワー:大いなる力」を鑑賞。現存する沸騰水型軽水炉では世界最古のタラプール原発。その地で移送された後に貧困と病苦にあえぐ住民の怒りが27分間に凝縮されていた。

その後のプラディープ・インドゥルガー監督と萩谷海さん(通訳)との交流は15人だけでは勿体ないほど独―仏―独―米―日と回ってきた監督から興味深い話を聞けた。 ◆ドイツは未だに原発が稼働していて輸出にも力を入れている。 ◆米印原子力協定が2008年に締結され、米からの原発輸出が盛ん。 ◆インドのナレンドラ・モディ首相が8月31日に来日し、日印原子力協定締結について会談を行う予定。インド政府はエネルギー消費量倍増を理由に原発開発を画策し、インドの市場が開かれる中で、日本は仏アレバ社に対抗して日本製の輸出を目論んでいる、日本はタイ・インドネシア・バングラデシュ・トルコへの売込競争が激しい。 ◆日印原子力協定に反対するために、両国の地域を繋いだネットワークが作れないか。 ◆インドでも、福島原発事故によりメディア対応が変わった。 ◆インドには、漁業権の補償は無い。 ◆インドは自国のウラニウム資源が乏しいため、トリウム使用核燃料サイクルを開発している。 ◆今から思えば、インドの核実験と原発推進とが連携していたようだ。

全国を回って大きな横断幕に寄せ書きを集めて回ってきた監督は疲れを知らずに話し続けた。「ジャイタプール原発反対! 福島を繰り返すな!」のステッカーを沢山預かって別れた。新聞記者も参加され熱心に鑑賞・質疑していた。 あたかも、経産省前テントひろばが筋向いの外務省の役割の一端をしているようであった。また、テントひろばとしても、原発輸出を推進する目の前の経産省にブレーキをかけたいと思った。 (K.M)

(経産省前テントひろばからの案内) 9・11脱原発テントひろば3周年・再稼働阻止大行動 ~経産省包囲ヒューマンチェーン~ 16時~20時、詳細未定 ご予定願います。

テント日誌 8月15日(金) 経産省前テントひろば1070日 商業用原発停止331日

テント日誌 8月15日(金) 経産省前テントひろば1070日 商業用原発停止331日

テントでは秋に向けたいろいろの準備が進められている

 世間はお盆休みに入っているのだろう。何となしに人通りも少なく寂しい。台風の影響か、幾分か涼しい風も混じってはいるが、それでも蒸し暑い。冷房のないテントでは風が頼りだが、これも強すぎると強敵になる。雨もそうだが、適度なお湿りは恵みであるが、降り過ぎれば恐ろしい。信じられないような降雨をテレビで見ていると、天候は異変を超えた状態になったのかと思う。いつも天候や季節のことを気にかけていた宮沢賢治のことを思うが生態系を狂わしてきた社会のことをあれこれ想像する。 暇な折には歳時記で言葉を探索するのが好きなのだが、この基盤もまた替わりつつあるのだろうか。テント前では雨や風ごとに落ち葉がたまるようになり、それを掃除するような毎日になり、秋の気配を感ずることが日々深まって行く。テントでは秋に向けて準備がなされている。やがてはそれをお知らせすることもできると思う。世間並みに鋭気を養い秋に備えている。

 テント前の椅子に座っていると、外務省前が騒がしい。韓国からきた人たちが竹島(独島)は韓国のものだと抗議の声をあげているのを右翼の街宣車が取り囲み、そこに警察が割って入って騒がし状態になっているのだ。これはすぐに終わったが、そういえば今日は8月15日なのだと思う。新聞を読んでも政府の集団的自衛権行使容認の閣議決定の戦争に関する記事が目につく。僕は政府の集団的自衛権行使容認の閣議決定によって戦争への道が近くなったと思うし、その不安というか、危機感も強くなった。 よく言われる「むかしのにおい」がするということもその通りだとも思う。だが他方で、安倍政権に戦争担当能力があるのか、あるいは自衛隊に戦争遂行能力があるのか、という疑問も強い。これには僕の願望も入っている。この否定的な意識には人々が戦争にそう簡単に同意して行くはずがない、という思いも込められているのだが、この矛盾した感情の中で自問をしていることが現状である。これはどうすればいいのだ、どこに戦争を阻止する道があるか抵抗の道はあるかということに連なっている。

 僕は戦中の生まれであり、戦争についての記憶がかすかにではあるが存在する。自分の最初の記憶が戦争と不可分に結びついたものだとも言える。幼い日に四日市の街が艦砲射撃で赤々と燃えあがるのが脳裏に深くあるのだ。だが、僕らが意識を持つ時代は既に戦後であり、戦後世代だったのだが、戦争についてはよく考えてきた。戦争についての考えは「戦争はよくない」「憲法第9条でいい」ということにつきるし、それで十分なのだが戦争の原因を認識することは難しいとも思ってきた。逆にいえば、僕の考えが実現していくのは難しいということでもある。

 ある人は日本の軍隊の本質は目的やルールが上級者と不可分に結びついていて、目的やルールにそった抵抗や抗議も反逆と見なされ許させないものとしてあったと述べている。軍隊は専制的な権力としてあり、軍隊が国家の象徴なら、そうした国家にあったということだ。国家も軍隊も憲法も持ち、近代的な制度的な装いを持っていても、最も肝心な権力の形態は専制的だったということだ。 少し、難しい言い方になってしまったが、これはやさしくいえば、憲法の前文に書かれている次のようなに関係する。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」。政府の行為によってということは、専制的な政府や軍隊の行為によってという意味であり、そういう文脈で読まれるべきだ。この前文は後のほうの憲法第九条と結び付いている。

 集団的自衛権行使容認は憲法九条に規定された国家目的やルールの解釈をめぐる問題であるが、憲法解釈の変更を閣議決定でやることは憲法の前文の変更でもある。安倍政権は日本政治を古い形態(目的やルール、つまり法は権力と結びついている)というところにもどしているのである。彼らが沖縄の基地建設移設についてやっていることはこの具体例と言える。 日本の戦争や軍隊のありようは、日本の政治(権力)のありようであり、それは法が法として機能しない政治である。法治国家というけれど、擬似的法治国家にすぎないのである。安倍の政治や権力としてのありかたが、日本を戦争に近付けていることであり、戦争に近づいている不安の理由だが、それは根拠のあることだ。

 日本の国家や軍隊が制度的には合目的な根拠やルール、別の言葉でいえば近代的な装いを持っていたにしても、実質的には専制的にしか現れなかったのはその権力のありかたがそれに反していたからである。目的やルールの判断や決定は権力に独占されていたのであり、国民の意志や意向が反映される余地がなかったからである。それは自由や民主的なものの不在であり、自由で民主的なものの基盤が欠如していたからである。反戦運動も民衆から孤立して敗北したが、その基盤の生成に失敗したからなのである。

集団的自衛権行使が戦争への道であり、「戦前のにおい」を人々が感じるとしたら、それを阻止する道はどこにあるのか。日本の政治の専制的なところに回帰することへの抵抗する道を開いて行くことであり、自由で民主的なものの基盤の含めた生成をやっていくことなのである。今、右傾化と呼ばれる動きが浸透しているように思う。これは僕らが戦前の抵抗運動と同じように、自由で民主的なものの基盤形成に敗退してきたことであり、戦前の失敗をまた繰り返してきたことの結果である。 政治党派の存在である。僕もその一端にあったし、責任の感じるところもある。けれども、政治党派の解体と力の喪失の中でも、戦前とちがって民衆のレベルにおいては自由で民主的なものは基盤として力はる。このことに希望をもっている。これには僕らは自信を持っていいのだと思う。ここで負けなければ戦争を阻止する道は開かれて行く。このことは脱原発や反原発の運動においても言えることだ。脱原発の運動が日本の政治の回帰的動きに抗し、権力を変えて行くとは自由で民主的なものの生成であり、これは永続的なものとしてあるのだ。非戦を可能にし、現実かするのと同じ道だ。

 お盆と休みでいくらか寂しげな官庁街の風景を見ながらこんなことを考えながら過ごした一日だった。(三上治)

テントからのお知らせ

サマーナイト・テントシアター「ハイ・パワー 大いなる力」上映・交流会 8月17日(日)19時~21時 経産省前テントひろば第2テント 「ハイ・パワー:大いなる力」上映(27分)、プラディープ・インドゥルカー監督との交流会 定員:約20名 、参加費:無料(カンパ歓迎)  担当:テントひろば(担当:藤原節男、木村雅英) 問合せ:fujiwara_setsuo2004@yahoo.co.jp、090-1793-4404

テント日誌 8月10日(日) 経産省前テントひろば1065日 商業用原発停止326日

テント日誌 8月10日(日) 経産省前テントひろば1065日 商業用原発停止326日

テントの強敵は強い風である

台風の影響で断続的に激しい雨が降る。 風も強かったので屋根の端がめくれ隙間から雨が振り込んで来たのでSさんが寝具を片付けたりと大変だった。

A子さんが運よく小降りのときにやってきた。 夕方からの新宿デモは中止になったと乱さんにメールあり。

テントの中では昨日の長崎市長の平和宣言で集団的自衛権に言及したことや、 被爆者代表の城臺美彌子さんの激しい批判、安倍総理のコピペ挨拶の事など話題は尽きなかった。支持率が少し下がったと聞いて嬉しい。

時折雨がやんで薄日がさすので、外に出ると風が心地良かった。 すずめさんや鳩もやって来て水溜りの水を飲んでいる。 彼らにもホッとするひと時なのだろう。

テントの屋根がめくれないようにとピンチを使って重しをぶら下げた。 朝まで大丈夫だろうか?

Kさん第2テントのHさんも来たので早めに家路に着いた。(I・K)

KOBANと間違えたお姉さん パブコメ出そう、もうすぐ締め切り

暴風雨が心配だったが、何とか維持されていたテント。夜、パソコン作業をしていると、軽装のお姉さんがホテルオークラはどちらですか?と尋ねてくる。 確かアメリカ大使館横だったと思うけれどとパソコンで地図を見て教える。 関西弁のお姉さんはこの辺が初めてで、このテントを交番だと思ったという。 確かに「国有地…」の看板が一杯ある。それにしても「脱原発テント」「火山の中の川内原発2度と動かすな」などと大書した横断幕もあるのに…。経産省前テントひろばは、年中無休の交番の役割も果たしているのだ。

ところで皆さん、川内原発再稼働審査書案に対するパブコメを出しましたか? 8月15日が締め切りなので次のサイトから一言でも意見を出してください。 意見提出フォームからであれば十分程のコピペで提出できます。 http://www.nsr.go.jp/public_comment/bosyu140716.html 例えば次の中からでもどうぞ(但し、「科学的・技術的なご意見」募集なので、前の4つは大切ですが除外される可能背があります)。 ○福島第一原発事故の検証をやり直し新規制基準を作り直すべき(1ページ~6ページ 1はじめに) ○現「新規制基準」に対する適合性審査を、有識者を入れて公開でやり直すべき  (1ページ~6ページ 1はじめに) ○原発立地・周辺の自治体において住民公聴会を実施し納得を得るまで再稼働しない (1ページ~6ページ 1はじめに) ○高レベル放射性廃棄物の保管・管理の仕方を確定してから、再稼働審査をする  (1ページ~6ページ 1はじめに) ○基準地震動620は小さすぎる、過去に日本で観測された最高値を適用するべき  (13ページ 3-1.1 基準地震動) ○基準地震動の妥当性を多くの地震学者を集めて再検討する(13ページ~、3-1.1 基準地震動) ○火山学者を集めて、モニタリングと予知と対応策を再検討する(61ページ~、3-4.2.2 火山の影響に対する設計方針) (K.M)

 テントからのお知らせ

サマーナイト・テントシアター「ハイ・パワー 大いなる力」上映・交流会 8月17日(日)19時~21時 経産省前テントひろば第2テント 「ハイ・パワー:大いなる力」上映(27分)、プラディープ・インドゥルカー監督との交流会 定員:約20名 、参加費:無料(カンパ歓迎)  担当:テントひろば(担当:藤原節男、木村雅英) 問合せ:fujiwara_setsuo2004@yahoo.co.jp、090-1793-4404

 

テント日誌 8月9日(土) 経産省前テントひろば1064日 商業用原発停止325日

テント日誌 8月9日(土) 経産省前テントひろば1064日 商業用原発停止325日

外務省前警備の物々しかった両日だった。

昨日も今日も外務省前の警備は物々しかった。 10時過ぎ警官がやって来て今日は街宣車が大挙してやって来るから、 11時過ぎから3時ごろまでなるべくテントの中に入っていてとのこと、 急いで椅子を片付けて中に入った。

聞くところによると北方領土の日だとか? 去年も同じような事があったと思い出した。 家に帰ってきてネットで調べたが、外務省などのサイトでは北方領土の日は2月7日と決められているらしい。 今日8月9日は1945年ソ連が当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦した日なのだ。右翼は勝手に北方領土の日と決めているのか? 彼らは外務省に対して軟弱外交はやめろ!恥を知れ!云々口汚く叫んでいたが、 やたら怒鳴るばかりでよく聞き取れなかった。

中の数人は外務省に要請行動をしたらしい。 一台の街宣車がテント脇に駐車して何人か降りてきてテントの周りをうろついて撮影などしていたが、丸の内警察の人が来ていたせいか実害はなかった。 テントの中から警察官の様子を見ていると街宣車の動きがわかって興味深かった。

右翼の訪れる前、原発をゼロにする湖西の会の方が来てくださった。 所用で上京し、テントは初めてとのこと、大津でも京都でも金曜行動が続いているそうです。Yさんと脱原発の話などをし、テントの写真を撮って帰られた。

自転車でやってきた外国の方がテントの写真を撮っていたので尋ねたら イタリアからの旅行者だった。英文のリーフレットをお渡しすると喜んで下さった。テントのこと世界に広がるかな?台風と午後からの右翼の来襲が心配だったが、1時過ぎにテントを後にした。その後、街宣車が通っただけと後から聞いてホッとする。(I・K)

 テントからのお知らせ

サマーナイト・テントシアター「ハイ・パワー 大いなる力」上映・交流会 8月17日(日)19時~21時 経産省前テントひろば第2テント 「ハイ・パワー:大いなる力」上映(27分)、プラディープ・インドゥルカー監督との交流会 定員:約20名 、参加費:無料(カンパ歓迎)  担当:テントひろば(担当:藤原節男、木村雅英) 問合せ:fujiwara_setsuo2004@yahoo.co.jp、090-1793-4404

約27分の短編映画は、貧困と病苦にあえぎ、原発を告発する住民の怒りで満ちている。インドゥルカー監督談:「ムンバイ(旧ボンベイ)の南方、ジャイタプールに、新たに原子力発電所が計画されている。フランス、アレバ社のEPR(加圧水型原子炉160万キロワット出力)が何基も建設される。私は、その反対運動に加わっている。しかし、ジャイタプールの住民は、原発の実態を知らず、住民の反対運動は盛り上がらない。インド国内の世論も同じ。それで、この映画を制作した。タラプールとジャイタプールは、おなじ言語を使用しているので共感を得やすい。

この映画をブラジルの映画祭に出品して、賞をもらった。それで世界各国40ヶ所以上で上映している。ジャイタプール原子力発電所建設では、三菱重工が発電用タービンの主軸を製作することが決まっている。日本の皆さんにも、インド原発反対運動に協力ほしい」

タラプール住民は、原発建設当初、インド発展のために居住地を明け渡した。インド政府からは「雇用が確保される、暮らしも良くなる」との説明があった。ところが、すべて裏切られた。癌が多発している。放射性廃棄物の垂れ流しによると推測される。雇用もなく、住環境も以前より悪くなった。映画では、タラプール住民の実態を映している。(藤原節男)

http://badseaweed.wordpress.com/

あらすじ: ムンバイ(旧ボンベイ)の北、インド初の原発の立地地域、タラプール。貧困と病苦にあえぐ住民の怒りが今、暗闇に燃え上がる。電力を送り出す町には暗闇が広がり、その闇はそこに留まっているかにみえる。インド、マハラシュトラ州タラプール。1964年建設のタラプール原子力発電所は、当時、熱狂を持って迎えられたインド初の原発である。地元の人々はその発電所を「ハイ・パワー」(大いなる力)と呼ぶ。

しかし、原発が立地するタラプールの地は、その力が約束した夢から、はるか遠く離れている。40年の長きに渡ってタラプールに起こってきた出来事は,全世界がたどり着くべき目覚めである。手遅れになる前に。人間の欲望を満たすための行為によってもたらされた別世界を背景に、ドキュメンタリー「ハイ・パワー 大いなる力」は、知られざる世界、描かれなかった風景、失われた命に光を当てる。(以上、英文解説文より、翻訳協力:常松聡子)

テント日誌 8月8日(金) 経産省前テントひろば1063日 商業用原発停止324日

テント日誌 8月8日(金) 経産省前テントひろば1063日 商業用原発停止324日

「汚染水」騒動には笑ってしまったが…

暦の上では立秋も近いらしい。しかし、季節を外した台風(?)に襲われて季節感も狂ってきている。暑いことはたしかで、冷房もないテントではしんどいがそこは涼風が結構あって意外としのぎやすい。最近、むかしの友人たちがテントを訪ねてくれることが多い。僕には何よりもうれしいことだが、昨夜も大学時代の友人の訪問があった。暑気払いと近所の居酒屋に出掛けたが、美味しい酒に飲まれたのかテントに帰って早々に寝てしまった。セミの声に目が覚めたのだが、外は薄らと開けて行くところだった。もうすこしすれば朝寒ということになるのだろうが、いい塩梅と散歩に出掛ける。日比谷公園の方にいくとこちらはセミの声が一層すさまじい。都心でこんなにセミの声がするところも珍しいのかもしれないと思った。

テントに戻ってテント前でいつものように座っている。来週はお盆休みに入って人通りも少なくなるのだろうかとあれこれ想像をしていたのだが、今日はいつもより向かいの外務省の警備が厳しい。北方領土の日(?)とかで右翼の街宣車が押し掛けるらしい。しばらくして眠気に襲われたのでテントに入りうとうととしていると外が騒がしい。丸の内署の警官が数人やってきて「汚染水」と書かれたペットボトルをどけろとテントのメンバーと怒鳴りあっているのだ。 テントの脇には打ち水などに使うため水道水を詰めたものがおいてあるのだが、誰かがこれに「汚染水」と張り紙をし、監視カメラ台に置いておいたのだ。通行人の誰かが100番して飛んできたらしいが、その剣幕にテントで眠気に誘われていた僕だがそれは吹っ飛んだ。何を怒鳴っているのだと返しながら、ふと気が付いた。彼らは今日、福島原発告訴団が「東電前『汚染水』打ち水抗議行動」やるのに使う水と思っているのではないかと。汚染水ということに過剰反応したのだ。(もっとも福島原発告訴団のチラシでは本物の汚染水は使用できませんと断り書きがしてある)。

福島第一原発事故で発生した放射能汚染水の処置はできておらず、その見通しもないままに深刻度を深めている。政府や東電側はその実態を隠し、情報としては隠蔽している。時たま、漏れるように伝わってくる報道でも、段々とお手上げ状態になり、最後は汚染水を海に垂れ流すしか手はなくなっているように推察しえる。「オリンピックまでに汚染水は解決できるというのは政府などの甘い願望ではないか」と言われるが、これが」真実度を増しているのではないか。 それで、汚染水問題を政府や東電側などの権力側は僕らが想像する以上にこの問題の深刻さを認識し、ピリピリしているのだと思う。丸の内署の面々が「汚染水」ということに示した反応はその一端を物語るのではないのか。その意味では福島原発告訴団の「汚染水の打ち水」ということは彼らにはこたえることであったのだ。情報を隠蔽していることで、権力の側では僕らが想像する以上に恐れていることはあるのだ。

この福島原発告訴団の集会は地検前で12時から、多くの支援者を集めてひらかれた。武藤団長から海東弁護士まで次々となされるスピーチは検察審査会が東京地検の不起訴処分を覆し3名の「起訴相当」決議を出したのは市民や地域住民の声が反映したものであり、検察に起訴を訴えるものだった。そして検察に対しては上申書を提出した。 福島第一原発事故に対して誰ひとり責任を問わないこの異常な状況に対してその事態を問い、責任を明確にすることは当たり前過ぎることだ。かつての原発推進を担った連中がもっと責任を問われるのべきだし、それには法的なことから道義的なことまであるにしても、当然のことだ。これを問わないことは同じ事故が起きることに等しいのである。

集会は午後1時からは東電前に移り、福島からバスでやってきた告訴団のメンバーも合流して行われた。「汚染水」打ち水抗議行動もなされた。政府や電力事業者や官僚たちは表向きの議論をさけ、裏で再稼働に向けた工作をやっている。かつて原発推進側が反対者に対して行った巧妙で悪辣な妨害工作は暴露されてきたが、彼らはそれ以上のことをやってきている。だが、かつて以上に彼らを取り巻いている環境も厳しく、僕らは彼らを追いいつめている側面もあるのだ。 3・11で原発をめぐる関係は変わったし、脱原発への裾野も力も増した。運動はいつの場合も徒労感や孤立感が付きまとうが、ある意味では僕らは自信を持っていい。まだまだ、持久戦的なところが続くが、彼らが裏工作しかできないことの弱さを突き続ける闘いをじっくりやり抜くしかない。(三上治)

テント日誌 8月3日(日) 経産省前テントひろば1058日 商業用原発停止319日

テント日誌 8月3日(日) 経産省前テントひろば1058日 商業用原発停止319日

暑い日差しにめけず座り込み昨日の七夕祭りには80人の人が集まり、提供した食べ物も好評だったと聞いた。それに比べ今朝のテントは打って変わって静か。 今日も六本木の早朝太極拳に参加したというTさんが寄ってくれていた。正清さんが現れて安心して泊まりの人が帰った後、バイクでポリタンクに満杯の水を運んでくれた方がいる。水汲みに行くのも大変でしょう。水道水ですが、手洗いなどに使ってくださいとのこと、優しい心遣いに感謝です。 昼過ぎ新宿のデモに行くというTさん達がトラメガを取りに来た。お昼寝していた乱さんもボードに反戦川柳を書いて新宿へ向かう。残ったのは正清さん、A子さん、Tさんと数名だけ、暑さのせいか雀さんたちもやって来ない。 官邸の方向にもくもくと成長する入道雲を眺めながらおしゃべりを楽しんで座り込む。猛烈に暑いが、テント裏の木の枝が3年近く経てこんもり繁り日陰を作ってくれるので助かる。 沢山のお菓子を抱えてやってきた女性や名前も告げずにカンパを下さった通りがかりのご夫婦、観光バスの中から思いっきり手を振ってくれる人などに励まされ、テントに座っている事の意義を感じた。 毎日来てくださるM子さん、第2テントのHさんが見えたので4時半ごろテントを後にした。 (I・K)  

4日間連続の九州電力抗議行動

 3日午後に「ガザの人々を殺すな!8.3新宿デモ」に参加した。真夏の猛暑の中、600人で新宿駅周辺を練り歩いたら、沿道の人々も理解を示してくれた。 特に、実行委が用意してくれた長い白紙帯(ガザの犠牲者の名前をリストアップした紙の貼合わせ)を8人程で持ち歩いたら、信号待ちの人も共感を示していた。  その後、テントに戻ってみると、「九州電力への抗議行動に行ってきます」の書置き。8時頃に現れたSさんほか3名がテントに戻って、次の話。 ~本日有楽町九電東京支社に声を届けてきた、明日も月曜行動をする、明後日はK.Tさんがやる、そして水曜は再稼働阻止全国ネットワークがやるので、 九電(東京支社)に対して4日連続の抗議行動になる。 川内原発の再稼働にNOを強く訴えよう~

次の連続行動のどこかにご参加を。 ○月曜定例会(8月4日(月)) ★夕の部:九州電力東京支社抗議 17時半~19時頃までhttp://goo.gl/YngAF7  ★夜の部:関西電力&中部電力各東京支社抗議 19時半~21時 主催:#月曜定例会 (中継)http://goo.gl/9DVyp ○『川内原発再稼働許すまじ!九州電力東京支社抗議行動』 8月5日(火)17時半~19時 九州電力東京支社前(千代田区有楽町1-7-1有楽町電気ビルヂング北館7F)。 川内原発再稼働断固許すまじ!原子力亡者の巣窟「九州電力」に抗議の声を! ※火炎瓶テツと仲間たち ○川内原発再稼働をやめろ!九州電力東京支社抗議行動 一年を超える国内原発稼働ゼロをつぶすな 8月6日(水)17時~18時 九州電力(株)東京支社(JR有楽町駅日比谷口下車) 主催:再稼働阻止全国ネットワーク (続いて、18時半から東電前抗議行動) (K.M)