テント日誌 9月29日(月) 経産省前テントひろば1115日 商業用原発376日

テント日誌 9月29日(月) 経産省前テントひろば1115日 商業用原発376日

満点の星空を眺め海亀の帰る日を想像する。久見崎海岸にて
―川内原発を見あげる浜辺に立つテントからー

 どこまでも蒼い海は静かである。暮れなずむ海の光景がつい先程まで見られたのだが、今は満天の空に星を見ている。こんなに近くで星を観たのはいつのことだったろうか。北斗七星の事を教えてくれた兄も旅立って行った。そんな風に夜の空を見ているこの久見崎海岸に川内原発再稼動を監視し、その動きの抗議の意志表示をするテントが立った。このテントは九州博多の九電前テントや経産省前テント、あるいは大飯の丸山公園のテントとは違って浜辺にできた。 この砂浜の夜にはもう都会では見られなくなった星を数え上げられのだが、それだけに困難も伴う。ここのまま続くかもしれないが、いろいろの展開があるかも知れない。しかし、夜には原発からのサーチライトも見えるこの場所に立つこのテントが僕らの意思表示の新しい展開として生まれたことは確かであり、原発再稼動に対峙して多くの人がこの浜に馳せ参ずることもあると思う。

 この久見崎海岸と呼ばれる浜辺は右手には川内湾を挟んでの九電火力発電所があり、左手の方に川内原発の1号機と2号機がある。浜からは青く色塗られた1号機が見える。浜の背の部分は保安林と呼ばれる松主体の雑木林である。目の前には砂浜が広がるが九電の二つの発電所に囲まれて今は何処か荒れ果てた雰囲気もある。目の前には甑島が見えるがかつてはきれいな浜辺だったように思う。 今は、流木の類が人の足を運ばなくなったことを象徴している。むかし、椎名誠が「怪しい探検隊」を引き連れて焚き火をしていたことを思い出したのだが、この流木の類は産卵のために海亀が浜に上がることを拒んでいるそうだ。原発の存在が有形無形の形で海亀の産卵に影響を与えていることはいうまでもない。海亀が産卵する綺麗な海が、原発で汚され、それを拒んできたのだ。産卵のために海亀がやってくるまで季節的に時間がある。流木は燃料として使い、浜辺をきれいにすることは海亀が安心して帰れるに役だつに違いない。

 この砂浜にテントを張り、風に旗をなびかせながら監視と意志表示を続けることは海亀たちにささやかに贈り物をすることだけなのか。このことはまだ分からないことに属するかもしれない。だが、この小さなことのなかに僕らは人類史の根源的な課題をみているともいえなくはない。原発という存在が何を生み、何を失なわせてきたかを、その生成史において見るとき、そしてその未来を考える時に僕らの胸に去来するものだ。海亀は原発もそれを生みだした人間のことも知らない。だが、彼らはその結果するものを知り行動にあらわす。僕らは原発が生み出すものと結果するものとを認識し、次の行動に結果させていくだけだが、それだってなかなか怪しいことになってきている。 人間はかつて亀が察知していたことを我がこととして察知する能力もあった。それは人間が多くの物を得る中で失って行ったものでもある。原発という存在が僕らに投げかけているものが人類の究極的問題であるとすれば、海亀の声ならぬ声と行動はそれに応えるものかもしれない。これは、僕らの想像力の問題かもしれないがそこまでアンテナを延していいことなのだ。そうだ、すこしでもきれいになった砂浜に帰ってきた亀たちに美味しい焼酎でものませてやりたい。

 既に前日の報告でもあったように27日(土)「川内原発再稼動阻止ネットワーク全国相談会」が、28日(日)『ストップ川内原発再稼動!9・28全国集会』が開かれた。28日の集会は鹿児島天文館公園の約7600名が集まり、鹿児島中央駅までデモ行進をした。再稼動阻止に向けた動きは今後されに展開されて行くが、同時に9月27日(土)には「川内原発再稼動阻止!テント宣言』発せられ、テントが設立された。これは非暴力非服従の立場に立ち、緒個人の自力更生(自立と責任)を原則として維持される。場所の砂浜は国有地であるが、テント設置は何ら問題のないものである。 俗にいう非合法的な存在ではない。誰でも自由に使える場所であり、自由な表現の可能なところです。今後の維持や展開は分からないところもあるが、僕は経産省前テントの一人としては連帯して行きたいと思っている。テントは設立したメンバーの責任において存在し、維持されて行くだろうが、遠く離れていてもこころはそこにあるようにありたいと思っている。機会を見て、現地におもむきたいとも思っている。テント場所、そこへの行き方などは随時お知らせしたい。 (三上治)

テントからのお知らせ 9月30日(火)福島事故の責任を問う 9・30院内集会東京地検包囲 12時~13時30分:院内集会(参院会館講堂) 14時~14時40分:東京地検包囲行動 主催:福島原発告訴団 10月1日(水) 第3回九電東京支社抗議  17時半~18時半 (転送者追記)              第13回東電本店合同抗議 19時~20時 東電前 10月14日(火)10時30分 テント裁判第8回口頭弁論 東京地裁大法廷

テント日誌 9月28日(日) 経産省前テントひろば1114日 商業用原発375日

テント日誌 9月28日(日) 経産省前テントひろば1114日 商業用原発375日

今日は昨日と打って変わって雲ひとつない青空のさわやかな天気

昨日の御岳山噴火で突如口をついて出てきた木曽節だが出だしだけで後が続かない。乱さんに聞いたら丁寧に教えてくれた。そして歌に出てくる「なかのりさん」の事も解説してくれ、この歌が一種の労働歌であったということ、昔は労働にも余裕があった様だが、今はそれが無くなったのではと言う。 御岳山噴火も予知できなかったのだから鹿児島の火山も同じと心配になる。 これで推進派の人たちが考え直してくれるだろうか?

昼間の人手不足を心配して来てくださったOさんA子さんTさんYさんと私、女性陣でテントを守る。と言っても今日は特別な事は無い平穏な日だったので読書をしたりしてゆったりと過ごせた。

夕方第2テントのHさんが新しい花や土を持ってやって来てこまめに手入れをしていた。

驚いたのは片隅に咲いていた黄色い花、スイカだと言う。 夏に食べたスイカの種が飛んで来て芽を出したそうだ。 右翼に汚いテントと罵られるが、花鉢が置かれていることで少し救われている様な気がします。 (I・K)

「川内原発再稼働阻止現地行動」報告

「川内原発再稼働を許さない共同行動」の支援を受け、27日、28日に薩摩川内市と鹿児島市を訪れて現地行動に参加したので簡単に報告する。

★27日夕方「再稼働阻止全国ネットワーク全国相談会」 薩摩川内、鹿児島の方々とともに志賀・伊方・大間など原発現地の方と東京から駆けつけた我々合計120名で、如何に川内原発再稼働を止めるかを話し合った。鎌田慧さん、広瀬隆さんも白熱論議に加わり、薩摩川内市やいちき串木野市で行われる住民説明会や当面の薩摩川内市議会の予想スケジュールについての現地報告を受け、次の大きな行動を10月26日を軸に実施することを決定した。会議中の御岳山噴火の報は、桜島の噴煙とともに、川内原発の再稼働を目論む人間を自然が嘲笑っているように感じさせた。

なお、前日に川内原発そばの海岸に設立された川内原発テントのテント宣言も披露された。また、この相談会の模様は西日本新聞9月28日朝刊にカラー写真とともに掲載された。

★28日午前「川内ゲート前抗議行動」、「脱原発テント6号店見学」  早朝に薩摩川内のホテルから貸切バス2台で川内原発ゲート前に移動、ものものしい警備をものともせず、ゲート前に約200名が集まり、川内・鹿児島・東京の主催5団体や原発現地9団体のアピールとともに「川内原発、再稼働反対」のシュプレヒコールをあげ、8団体の抗議・申入書を九電職員に手交した。  終了後、急いでバスに飛び乗って、ゲート前から川内原発を囲う道路を通って、「浜の茶屋」の奥の原発が見える海岸に建てられた7張りのテントを見学した。大潮が来ても安全な海岸に建てられたテントは、経産省前の車の騒音でなく、自然の海と風の音に包まれている。これから、脱原発を訴える人々のテント村として川内原発再稼働阻止に貢献するであろう。

★28日午後「ストップ川内原発再稼働!9.28全国集会」  バス内で一眠りしている間に鹿児島市天文館公園に到着、30度近くの暑いさ中、阻止ネットのリレーアクションで集められた50枚の寄せ書き横断幕を集会舞台前に掲示した。1時には、全九州、全国から7500名が集まり、向原さん、鎌田慧さん、菅直人元首相、国会議員、県会議員、市会議員、自治会、福島から、などなどのアピールを聞き、川内原発廃炉を確認した。沢山のメディアのテレビカメラやスティルカメラに追われながらにぎやかな通りを沢山の人々と共にゆっくりと歩いた。「安全、安い、電気が足りない」の大嘘が誰の眼にも明らかになった今、必至で再稼働を目論んでいる推進側が非常に厳しい状況に置かれていることを実感した。 (K.M)

今回の集会にビキニ環礁の核実験で被爆した『第五福竜丸』元船員の大石又七さんが登場したことは脱原発運動の量的、あるいは質的な意味での運動の広がりを象徴することだった。各地域で運動の広がりを意味する集会やデモは展開されている。それを現わす告知のビラはテントの内でどんどん多くなることでも示されているが、川内現地の闘いの発展と呼応して行くだろう。(三上治)

テント日誌 9月27日(土) 経産省前テントひろば1113日 商業用原発374日

テント日誌 9月27日(土) 経産省前テントひろば1113日 商業用原発374日

わめき散らす女性にどう対応したらよかったのか(?)

今日は晴れたり曇ったり、じっと座っていると寒いくらいだった。 外務省脇のけやきの葉がかすかに色づいて秋の深まってくるのを感じる。

テントのスタッフが川内原発再稼働反対の集会に出掛けたので留守番は少数精鋭だ。Kさんが集会で配るテント裁判のチラシ折に朝からずっと精を出していた。 111時ごろ暫らくお休みしていたTさんが来てくださったのでとても嬉しかった。 休日のテント前は静かでゆったりしている。

官邸前のほうから車椅子でやってきた男性、 此処がテントだったのですね。私はデモにも行けませんが頑張って下さいと言ってチラシを持って帰られた。

たまにモルモットを抱いて来てくれる男性。 安倍や他の国会議員もどうしようもない。東日本大震災では女川原発も危なかった。事故にならなかったのは運が良かっただけ!福島があれだけ大変なのに再稼働しようなんてとんでもない。次の選挙に賭けるしかないと言って去って行った。

午後たんぽぽ舎のOさんや土曜日に良く来てくださるHさん、第2テントのMさん毎日通ってくるSさんなどが来てくれ少し賑やかになった。

4時少し前、突然トラメガを抱えた若い女性が現れてわめきだした。 ○国有地を占拠していて良いの? ○違法でしょ ○お金払ったの! ○手伝うから早く片付けましょう! ○脱原発?こんなとことに居なくてもお金を払えば公民館でも借りられるでしょう! などなどスマホか何かで写真を撮りながら叫んでいた。 きっとツイキャスでもやっていたのだろう。 最後はおまわりが来たから帰ると言い残してタクシーに乗って去った。 実際は警察の巡回車が通っただけなのだけれど…

私たちにも言いたいことがいっぱいあったけれど、じっと我慢して嵐の去るのを待っていた。それにしても一人で乗り込んで来るなんて勇敢な女性だと感心すらしてしまう。面倒でもちゃんと話し合ったほうが良かったのだろうか?

(I・K)

テント日誌 9月25日(木) 経産省前テントひろば1111日 商業用原発372日

テント日誌 9月25日(木) 経産省前テントひろば1111日 商業用原発372日

武藤さん違いだったのだけれど…

家を出るときは雨はほとんど降っていなかったが内幸町の駅を降りたら霧雨だった。コンビニでおにぎりとお茶を買ってテントへ11時ごろ雨がやんだので外に座る。

暫らくして顔見知りのフランスのジャーナリストがやってきた。武藤さんの裁判に行きたいとのこと、検察審査会のこと?類子さんが来るのは30日なのんだけれど…?と話がかみ合わない。

そのうち東電株主訴訟で訴えられている元東電の副社長武藤栄の事だと判明、 泊まり開けのSさんが地裁まで連れて行ってあげた。株主訴訟は20分で終わってしまったそうで、参加した方達が寄って下さった。東電側からは大勢の人が被告席に居たようだが、一言も話さなかったそうだ。 福井訴訟の判決や色々で裁判官の様子も変わってきたと寄って下さった方は言っていた。

テント裁判にも良い影響があることを望む。

昼過ぎ泊まり明けのSさん2人、自転車で水やガスボンベの買い出し、 日比谷公園まで水汲みに行ったりしたりと大活躍。

実家が福島の田村町だと言うサラリーマン風の男性、チラシを受け取って第2テントのTさんと暫らく話して行かれた。やっぱり原発の事が気になるようだった。通りがかりに頑張ってと声かけてくださる方も居て嬉しい!

一時青空ものぞいたが、再び黒い雲現れいつ雨になるか気にしながら座っていた。話題は天気そして福島、沖縄知事選挙の事など、福島では脱原発の人に、そして沖縄では辺野古基地反対の人に一本化できないものかと憂える。 東京と知事選のような思いは二度とさせないでと願うばかりだ。

(I・K)

テント日誌 9月23日(祝) 経産省前テントひろば1109日 商業用原発370日

テント日誌 9月23日(祝) 経産省前テントひろば1109日 商業用原発370日

亀戸中央公園を埋め尽くした再稼動に抗議する人々

 いつの間にかお彼岸が来ていたというのが偽らざる心境であるが、そういえば彼岸花も綺麗だ。今年も巾着田の彼岸花を観そびれそうだが、いたしかたない。今日、お彼岸中日の23日にはデング熱騒ぎで会場を代々木公園から亀戸中央公園に移しての「9・23さよなら原発全国大集会」が開かれた。テントからもたんぽぽ舎とともにメンバーがはせ参じた。集会は川内原発再稼動の動きが現実のものとなってきている状況もあり、多くの人々(約1万6千人)が参加し、それぞれの発言の緊迫感があって盛り上がった。

 会場では午後11時から第二ステージの方でライブとトークが開始された、こちらではゼロノミクマや制服向上委員会などの音楽、河合弘之[脱原発弁護団全国連絡会共同代表・経産省前裁判弁護団団長]さん、村上達也(元東海村村長)さんなどの発言があった。第一ステージでは午後12時20分から集会が始まった。エセタイマーズのライブのあと、木内みどりさんの司会でトークが始まった。鎌田慧さんや澤地久枝さん、大江健三郎さん、落合恵子さんなどの話に続き、川内原発や福島からの発言が続いた。 落合さんは9月11日の経産省前テントの集会で「声をあげることしか出来ないがこれをやって行こう」と語っていたが、再稼動反対に集中をしつつ、同時に長く、粘り強く闘って行こうということだった。運動には不断に集中し、闘いの方向を鮮明にして行く必要と、持続し広げて行く必要とがある。これは矛盾ではなく、絶えず必要な二つの方向であって、川内原発再稼動阻止に集中し、これに全力を傾注する必要がある。 9月28日の川内原発再稼動阻止の現地行動はその一陣であり、ここに原発問題の現在の攻防がることを示す闘いに向かわなければならない。他方で僕らは脱原発―反原発の運動を地域に、人々の日常の中に広げて行く闘いをやらなければならない。これは両輪の如きものであり、この双方でもう一歩前進すべき地点に僕らはきているのだ。代々木公園から亀戸中央公園に集会場所が変更になって危ぶまれた人々の集まりは見事乗り超えた。このエネルギーは二つの方向での前進を要求しているのだ。

 今回の集会にビキニ環礁の核実験で被爆した『第五福竜丸』元船員の大石又七さんが登場したことは脱原発運動の量的、あるいは質的な意味での運動の広がりを象徴することだった。各地域で運動の広がりを意味する集会やデモは展開されている。それを現わす告知のビラはテントの内でどんどん多くなることでも示されているが、川内現地の闘いの発展と呼応して行くだろう。(三上治)

テントからのお知らせ

9月28日(日)『ストップ川内原発再稼動!9・28全国集会』天文館公園  集会:13時~14時30分 デモ:14時30分~16時30分  「9月27日(土)14時鹿児島空港1階ロビー集合 9月28日現地行動」の企画あり。 (連絡先テント070-6473-1947)

9月30日(火)福島事故の責任を問う 9・30院内集会東京地検包囲 12時~13時30分:院内集会(参院会館講堂) 14時~14時40分:東京地検包囲行動 主催:福島原発告訴団

10月1日(水) 第3回九電支店抗議行動 17時半~18時半 有楽町(転送者追記)              第13回東電本店合同抗議 19時~20時 東電前 10月14日(火)10時30分 テント裁判第8回口頭弁論 東京地裁大法廷

テント日誌 9月21日(日) 経産省前テントひろば1107日 商業用原発368日

テント日誌 9月21日(日) 経産省前テントひろば1107日 商業用原発368日

テントには赤い彼岸花も飾ってある

今日はMさんがおはぎを作ってきてくださった。 それでお彼岸なのだと改めて思い、 テントに赤い彼岸花も飾ってあったのに気づく。 空気が澄み気持ちのよい気候になった。 暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。 おはぎは甘さを抑えてありとても美味しかった。

23日に配布する予定の裁判チラシが一日遅れで届いたので正清さんが一生懸命折り込んでいた。

昼過ぎ右翼の街宣車が何台も前を「乞食・早く出て行け・4年も不法占拠しているのか!」など私たちに馬詈雑言を浴びせて通ったが、実害はなかったので良かった。Mさんの連れのルイちゃんは一寸怖かった様子。

10時半ごろから4時近くまで東京シティサイクリングの人たちが延々と通り過ぎて行った。そうだった去年も今頃通ったと思い出し、月日の経つ早さを思う。3時半ごろ一台の自転車がテント前の道路で転倒したのでびっくり! あちこちにかなりひどい擦り傷を負っていたので、Yさんが第2テントから救急箱を持ち出して消毒してあげたが、救急箱の中に充分な備品がなく一寸困った。滅多にないことだが、時々点検しなければと思う。 暫らくして主催者の救急隊が駆けつけ手当てをしてもらいゴールに向かったのでひと安心した。

延々と行く自転車隊、ほとんどは無関心で通り過ぎたが、数人の人が頑張って! と言ってくれ嬉しかった。

夕方埼玉のKさんや泊まってくれるKさん、第2テントのHさんが来てくれたので私はテントを後にした。(I・K)

 テント裁判チラシをまくぞ

 日曜の夜、テント裁判(第8回口頭弁論:10月14日10時半、地裁前抗議集会:9時半)のチラシの箱がテント内を牛耳っていて、数人でチラシの折り込みをやっている。

本当は土曜に着く予定だった箱が何と経産省に届けられたらしい。幸い、経産省の人がテントに届けてくれた。到着が一日遅れたために、折込作業が日曜夜にまで及んだという。

一段落してふと見ると若い女性が座っている。土曜にも日曜にもテントの応援に来たTさんは、何とプロのモデルさんだと言う。ある月刊誌に毎回写真が掲載されているそうだ。おじさんたちは鼻の下を長くして写真撮影させてもらった。夜の交代の寝ずの番の後、一眠りしていると女性の声。前日深夜に帰って行ったTさんが応援にきてくれた。

昨夜の会話を受けて、泊まりのIさんが再びチラシを折り、朝8時前からテントひろば前でそれを配り始めた。結構受取りは悪くない。多くの霞ヶ関付近勤務の方に、脱原発テントの意義を知ってもらい、再稼働反対と「裁かれる東電の責任」を訴えている。

私もテントに最も近い地下鉄出口でチラシまきをやった。「既に一年間私たちは原発無しで過ごしている」「安全も安いも電力足りないも嘘だ」「経産省も資源エネルギー庁も自民党政権も嘘の責任をとっていない」「福島ではいまでも13万人もの人が避難し、沢山の人が仮設住宅生活を余儀なくされ、自殺者も出ている」「小児甲状腺がんが103人も出ている」「使用済み核燃料は10万年以上も放射能を持つ」などなどを階段を上がってくる人たちに伝えながらチラシをまいた。受取は20分の1程度だが、虎の門・霞ヶ関に通う官僚を含めた人達にメッセージを伝えることはできた。泊明けでも体力が残っている時には続けたい情宣活動だ。

 今週末には鹿児島で「ストップ川内原発再稼働!9,28全国集会」が開催される。前日の27日には再稼働阻止全国ネットワークの全国相談会、28日午前には川内原発ゲート前抗議行動も予定している。再稼働の嵐を止めるための大事な行動。参加できる方は今からでも是非どうぞ。 (K.M)  

テントからのお知らせ

9月23日(火・祝)さよなら原発全国大集会&大行進 亀戸公園ステージ周辺 12時30分大集会・トークライブ 14時:30分大行進[デモ]

9月28日(日)『ストップ川内原発再稼動!9・28全国集会』天文館公園 集会:13時~14時30分 デモ:14時30分~16時30分 「9月27日(土)14時鹿児島空港1階ロビー集合 9月28日現地行動」の企画あり。(連絡先テント070-6473-1947)

9月30日(火)福島事故の責任を問う 9・30院内集会東京地検包囲 12時~13時30分:院内集会(参院会館講堂) 14時~14時40分:東京地検包囲行動 主催:福島原発告訴団

10月1日(水) 第13回東電本店合同抗議 19時~20時 東電前

10月14日(火)10時30分 テント裁判第8回口頭弁論 東京地裁大法廷

テント日誌 9月19日(金) 経産省前テントひろば1105日 商業用原発366日

テント日誌 9月19日(金) 経産省前テントひろば1105日 商業用原発366日

もう秋か!という感慨もなく過ぎゆく

「もう秋か。――それんしても、何故、永遠の太陽を惜しむのか…」《地獄の季節》と歌ったのはランボーであるが、こういう感慨もなく過ぎ去っていく夏だった気がしてならない。夏には夏らしいものがあるのだけれど、それはなかった。いつの間にか肌寒い日々がやってきては足早に冬がやってくるのか。テントに寝泊まりするようになってはや三年が過ぎたが、それにしてもというため息と、いやこれが続くことはなにごとかだという自問の繰り返しだった。少なくとも僕には… 

 日比谷公園ではビールを片手にロックに唱和する若者たちの姿があった。彼(彼女)等は何を惜しんでいるのか、傍に佇みながら、そんなことを思った。テントの前では歌声は響いていた。僕らはこの時代の中で何を歌うのか、何を歌わされるのか。本当は歌うことを拒絶されているのか。そんな思いを消すことはできない。深夜、眠れぬままに、歌に浸っていることもある。僕にはロックでも今の流行り歌でもなく、古い歌手たちのものだ。 その一人に李香蘭もある。山口淑子が李香蘭であった時代、戦火の中国大陸で歌ったものだ。この時代の彼女の映画は観ることが難しいが、歌はCDに収まっている。高音でのびやかな彼女の歌は僕を慰藉してくれる。彼女は歌わされることと、歌うことの矛盾の中で歌い、そのことに自覚的だった。それはまた戦火の中で生きた人たちの存在であった。彼女は戦後に漢奸の疑いで処刑されようになったが、もし川島芳子のように処刑されていたら、僕らは彼女のことを知っていたであろうか。 彼女はこの時代のことを自責の念と共に持ち続け、時代の証言者であろうとした。そして、パレスチナなことに関心を寄せ、従軍慰安婦の問題にも取り組んでいた。時代の動きをこころにかけながら去ったのだろうが、時代の証言者を失ったのは口惜しい。歌とともに彼女の心の底にあった思いを想起し続けて行きたいと思う。

 従軍慰安婦の報道をめぐって朝日新聞が叩かれている。朝日に限らずマスメディアには不信が強いのだから、メディアの側の反省になればいい。読売も産経も日経も同じだ。メディアの内ゲバは大いにやればいい。これをやらされている事と、やっている事も含めた反省を彼らに強いるだろうからだ。 情報の問題はいつの場合も発信者にではなく、その受けての判断にある。そこがはっきりしていれば、発信者の内ゲバなんぞはたいしたことではない。その場合には秘密保護法のように情報を権力が独占して隠し、操作することが恐ろしいのであり、さしあたりは、これにマスメディアがどう対応したかを見ればいい。読売や産軽は秘密保護法にどのように対してきたというのか。

 従軍慰安婦の事なら、板坂元という人の『男だけの愉しみ』(PHP研究所)の「従軍慰安婦? それなら知っている」が次のように伝えている。中国の武漢市に韓国人従軍慰安婦十数名が今も残留しているという報道を受けて、それなら私も知っているというのだ。彼は1943年(昭和18年)の末に、学徒出陣で武漢市にわたり特別幹部候補生の教育の助手として従事していた。上官のひとり慰安所が出来ていると教えてくれた。

「慰安所というのは軍が管理している売春区域で、漢口には積慶里というところに慰安所が設けられていた《中略》、O少尉によると、この積慶里と別に新たな慰安所ができたということだった。聞けば朝鮮から軍隊慰問団を組織するという名目で強制的に集めた少女たちを連れて来て、慰安婦の仕事をさせているという。O少尉は、ここに泊って帰ってきた翌日、この少女慰安婦派、性体験に乏しく「痛い」といって泣く、と言う土産話をしてくれた」(『男だけの愉しみ』板坂元)。 

この短い文章でも従軍慰安婦のことはうかがえる。少し想像を働かせればすぐにその実態を認識できる。ここで大事なことはこの売春は売春一般ではなく、軍の管理かに置かれたものであり、彼女らは辞めることも拒否する意志も奪われた存在であったこと、多くは日本の植民地下にあった朝鮮半島から連れてこられたことである。この日本の軍に従軍させられた慰安婦と言う存在を、その非道さと野蛮さを認識すればいいのだし、それを批判するのは別に理くつのいらないことである。 従軍慰安婦の存在を否定したがる連中は軍隊の神聖さ汚されると思うからだろうが、それこそ軍隊の本質の宗教性を保持したいためだ。敗戦は神聖だった軍隊の本当の姿を暴いた。この従軍慰安婦の存在もまた軍隊の実際を暴くものだった。僕らはそこに歴史の本当の姿を見ればいいのだし、未来が開かれてあるのはこの本当の姿の認識からである。マスメディアや国家権力が従軍慰安婦の存在を否定するのにどれほど躍起になっても、これは消しさることに出来ないものである。

僕がはじめて従軍慰安婦のことを知ったのは戦前に先のところで語った李香蘭と親しかった田村泰次郎の戦争小説においてだった。彼は昭和15年から敗戦後の21年まで中国大陸で兵士としてあり、戦後にその体験を小説として書く。『肉体の悪魔』や『春婦伝』等である。これは『暁の脱走』として山口淑子主演で映画化されている。田村泰次郎の小説ではじめて従軍慰安婦の事は明るみに出される。が、注意はいる。 GHQは『暁の脱走』の脚本を検閲し変更させたように従軍慰安婦の存在が明るみにでることを抑えた。それは人道的な理由でこういう惨たらしいことの公表を抑えたと言われるが、彼らも似たようなことをしていることを恐れたためとも言える。ただ、日本の占領期に従軍慰安婦の存在の公表が抑えられてきた事は、日本権力による証拠抹殺も含めてこの問題が公になることの時期を遅らせたこと、それを曖昧にさせたことを知るべきだろう。歴史的な証人というべき人たちが鬼籍に入って行くのは残念だが、こういうことでもある。

テントで起こっていることを書きたかったが、テント前に座りながらあれこれ考えていたことの方に話が行ってしまった。テントでは週末の川内原発再稼動阻止の行動を準備している。これにはテント周辺からも多くのひとが参加する。週末はテントも手薄になるかもしれない。少しの時間でもテントに足を運んで欲しい。(三上治) 

テントからのお知らせ

9月23日(火・祝)さよなら原発全国大集会&大行進 亀戸公園ステージ周辺 12時30分大集会・トークライブ 14時:30分大行進[デモ]

9月28日(日)『ストップ川内原発再稼動!9・28全国集会』天文館公園 集会:13時~14時30分 デモ:14時30分~16時30分 「9月27日(土)14時鹿児島空港1階ロビー集合 9月28日現地行動」の企画あり。(連絡先テント070-6473-1947)

9月30日(火)福島事故の責任を問う 9・30院内集会東京地検包囲 12時~13時30分:院内集会(参院会館講堂) 14時~14時40分:東京地検包囲行動 主催:福島原発告訴団

10月1日(水) 第13回東電本店合同抗議 19時~20時 東電前

10月14日(火)10時30分 テント裁判第8回口頭弁論 東京地裁大法廷(103号) 午前9時30分地裁前抗議集会 午後1時裁判報告集会

テント日誌 9月18日(木)経産省前テントひろば1104日 商業用原発365日

テント日誌 9月18日(木)
経産省前テントひろば1104日 商業用原発365日

今日は色々と有った。 11時頃から農水省前で農民運動全国連合会の要請行動があり、 発言する声やシュプレヒコールがテントまで響いてきた。 終了後参加した方がテントに寄ってくださり、頑張ってとカンパをしてくれた。 その後、救援連絡センターの共謀罪法案反対デモが通りテントの前では原発反対のコールをしてくれたので皆で手を振った。

自転車で来たカナダの写真報道家、23日の集会が代々木から亀戸に変更になった事を確かめ、亀戸公園への行き方などを尋ねたので新しいチラシをお渡しして説明したけれど、わかったかな?来週また来てくれるというので楽しみだ。

午後スペインのアンテナ・トレスと言う放送局の人たちが通訳連れて取材に来た。私と第2テントのTさんが簡単な取材を受けた。どうして此処に来ているのか、日本政府は原発再稼働しようとしているが、どう思うかと聞かれたので、 勿論再稼働絶対反対と2人とも答えた。 カメラマンがテントの写真をたくさん撮って帰った。

4時から11日に出来なかった経産省申し入れ行動を11名の参加で行った。 まずあらかじめFAX送付してあった請願 1)福島原発事故責任について 2)事故後責任について *安倍首相のオリンピック招致の崔のアンダーコントロール発言、  小渕大臣の原発視察後の発言 *放射能による健康障害(小児甲状腺がんの多発など) 3)原発の再稼動について 4)テント裁判について(明渡し訴訟は撤回すべき)をなどを読み上げ回答を聞 いた。

経産省、環境省、内閣府などから女性一人を含む6人が来ていたが、いずれの質問に対しても私たちの満足の行く回答はなかった。唯一はっきり答えたのはテント訴訟を撤回しません。と言うことだけだった。 私たちは小渕大臣への見解を聞いているのだが、答えは彼女のものかとの質問に大臣も経産省の組織の一員だから見たいな返事だった。

車椅子のTさんが彼らに福島のことを考えろ、ヨーロッパやアメリカに恥ずかしいと檄を飛ばしたとき、彼らは顔を赤らめていた。彼らも仕事なのだろうけれど、自分の答えた事を本当に信じているのかと疑問に思う。

最後に、Kさんが話を録音していたのを見て、禁止だから削除するようにと言われてしまった。何故いけないのだろう!自分たちの発言に自信がないのだろうか?兎に角逃げ出したかったのか時間ですと打ち切りに一生懸命だった。

今日の回答を文章にしてくれるよう頼んだが、司会者の一存では出来ないとの答え、後日連絡するとの言う事で話は終わった。回答が来るのが楽しみだ。 (I・K)

  テントからのお知らせ

9月23日(火・祝)さよなら原発全国大集会&大行進 亀戸公園ステージ周辺 12時30分大集会・トークライブ 14時:30分大行進[デモ]

9月28日(日)『ストップ川内原発再稼動!9・28全国集会』天文館公園 集会:13時~14時30分 デモ:14時30分~16時30分 「9月27日(土)14時鹿児島空港1階ロビー集合 9月28日現地行動」の企画あり。(連絡先テント070-6473-1947)

9月30日(火)福島事故の責任を問う 9・30院内集会東京地検包囲 12時~13時30分:院内集会(参院会館講堂) 14時~14時40分:東京地検包囲行動 主催:福島原発告訴団

10月1日(水) 第13回東電本店合同抗議 19時~20時 東電前

10月14日(火)10時30分 テント裁判第8回口頭弁論 東京地裁大法廷(103号) 午前9時30分地裁前抗議集会 午後1時裁判報告集会

テント日誌 9月14日(日) 経産省前テントひろば1100日 商業用原発361日

テント日誌 9月14日(日) 経産省前テントひろば1100日 商業用原発361日

女性陣でいつになく賑わうテント

さわやかな秋晴れ、座り込み日和だ。 午前中のテント前は静かだった。 群馬から休日によく来てくれるTさんが「新しいバナーで福島の子どものメッ セージが隠れてしまったのは残念。英訳されたものを通りがかりの外国の方がよく見てくれるのに」と言うのではずしてSさんに手伝ってもらい、 裏のほうの汚れたバナーと付けかえた。

昼過ぎ同時にA子さんとMさんが来てくれた。 Mさんはルイちゃんと一緒、そしていつものように心づくしのお弁当を差し入れて下さった。 週末に沖縄へ行くというA子さんと辺野古の今や、未来の子どもたちを思う話で盛り上がっていた。

熊本から来た男性と横浜のOさんも話しに花が咲いていたようだ。 午後からは精勤のM子さんをはじめ女性陣でテント前は何時になく賑わっていた。昨日も座っていたK子さん、通りがかった女性から「テントは役に立っているの?再稼働されちゃうじゃない」と言われて答えの窮したと言う。 その人も原発反対らしいが、金曜行動のあることを知らなかったとのこと、K子さんが色々話してチラシをお渡ししたそうです。 テントの存在ですぐに再稼動を阻止する事は出来ないけれど、脱原発の拠点の一つにはなっていると思うので諦めないで座り続けたい。

いつも今日のように沢山の人がテント前に集まってくれると嬉しいのだけれど…  4時半ごろ会議で中抜けしていた正清さんも戻って来たので3周年に向けて宮崎から上京していたUさんに別れを告げてテントを後にした。(I・K)

 日本が頑張らないと世界の脱原発運動は厳しい

 日曜の夜、「福島甲状腺がん異常多発と健康被害の現状」を高松勇医師(医療問題研究会)から聞いた。福島では、既に103名の小児甲状腺がんが発見され、57人が手術を受け、この人たちは一生甲状腺ホルモンを飲み続けないといけない。にもかかわらず、県民健康調査の報告者はこれを東電福島第一原発事故によると認めず、必要な疫学調査をしないで放射能の影響を隠している。

本来、検査を受けた人に帰属するべき検査データを子供の親に見せず、今情報公開請求をしているという。せめて、例えば学校区別に放射能分布と患者出現数との関係を明らかにするべきだが、福島県も環境省も、イチエフ事故被害を隠し通すつもりのようだ。

日本の異常はチェルノブイリと対比しても明らかで、夏に開催された国際会議「原発事故がもたらす自然界と人体への影響について」では、世界中の人々が日本のやり方に疑問を感じている。ヨーロッパの人たちが高松医師に言った言葉は忘れられない。「日本が頑張らないと、(世界の)脱原発運動は厳しい。私たちの運動は日本の動きにかかっている」。

世界の原子炉技術などで日本の3社が重要な位置にあり、日本で原発を止めれば世界の脱原発にも多大な貢献をすると考えていたが、イチエフを体験した日本でしっかり原発を止めないと世界中で大変なことになるのだ。責任重大だ。

日曜深夜のテントひろばに港区のY.Rさん夫妻が来られ焼酎とパンを差し入れしてくださった。夜中に元気づけられありがたくいただいている。  (K.M)

  テントからのお知らせ

9月23日(火・祝)さよなら原発全国大集会&大行進 亀戸公園ステージ周辺 12時30分大集会・トークライブ 14時:30分大行進[デモ]

9月28日(日)『ストップ川内原発再稼動!9・28全国集会』天文館公園 集会:13時~14時30分 デモ:14時30分~16時30分 「9月27日(土)14時鹿児島空港1階ロビー集合 9月28日現地行動」の企画あり。(連絡先テント070-6473-1947)

9月30日(火)福島事故の責任を問う 9・30院内集会東京地検包囲 12時~13時30分:院内集会(参院会館講堂) 14時~14時40分:東京地検包囲行動 主催:福島原発告訴団

10月1日(水) 第13回東電本店合同抗議 19時~20時 東電前

10月14日(火)10時30分 テント裁判第8回口頭弁論 東京地裁大法廷(103号) 午前9時30分地裁前抗議集会 午後1時裁判報告集会

テント日誌 9月12日(金) 経産省前テントひろば1098日 商業用原発359日

テント日誌 9月12日(金) 経産省前テントひろば1098日 商業用原発359日

雨にたたられずに集会は無事に終った

 天気予報は雨。最近の予報はよく当たるし、前々日は結構強い雨が降っていたからヤキモキしていた。当日も午前中は雨だった。集会つぶすに…強雨があればいいなんてことにならないことを祈った。午後からは晴れてよかった。9月11日はテント三周年の集会だった。三年もよく持ってきたね、というのが偽らざる感想だが、この三年間にテントの周辺で多くに人に知りあった。彼(彼女)らと会い、語らうのを何よりも楽しみにしていた。運よくというか、雨はこの時間を避け、集会は無事に終った。当初は参加者もちょっと少ないね、と心配したが、仕事の終る時間帯のころには結構な数になっていてホットした。800人で経産省を包囲することもできた。(三上治)

集会は多くの発言で彩られた 朝から雨でどうなる事かとテントに向かいました。泊まり開けの人たち、木曜日に何時も来てくださるOさんと心配しながら傘をさして座っていると、一寸小降りになった時ジャーナリストのTさんが来て4時からは土砂降りとの予報だから早めに写真を撮りに来たと言う。困ったなあ!と思っていたらスタッフの集合時間には陽がさしてきてほっとした。皆の日頃の行いが良かったのかな(?)

4時からの抗議行動、5時からの記者会見に受付の机を出して備える。記者会見には朝日、東京、毎日、共同通信他の方達が来て下さり力強い思いです。

弁護団長の河合弁護士、大口弁護士、たんぽぽ舎の山崎隆さん、福島から武藤類子さん、黒田節子さん、落合恵子さん、鎌田慧さんなどが来て下さり、それぞれの思いを語った。テントからは渕上、正清さんが参加した。河合弁護士がテントの存在の意義を話し、大口弁護士は裁判の経過などを話した

落合さんは2人のお子さんを持つ小渕優子大臣へのメッセージ、そして私たちは諦めません、ずっと闘っていきますとの決意を述べられたのが頼もしかった。 9月23日に予定されていた代々木での反原発集会がデング熱のため亀戸公園に変更された事も告知した。

7時からの経産省前抗議集会では制服向上委員会のメンバーも歌ってくれて盛り上がった。7時30分からの経産省包囲のヒューマンチエーン約800名で完成しました。また、福島の方達のご協力でかなりのカンパも集まり本当に助かりました。三歳の誕生日だから美味しいケ―キをと思ったが、代わりに美しいプリンを差し入れてくれた人もいました。

詳しくは以下のサイトでご覧下さい。 三輪さん何時もありがとうございます。(I・K)

http://www.youtube.com/watch?v=axyjsMvO1Ew&list=UUhjEbWVGnGHhghoHLfaQ

http://www.youtube.com/watch?v=AwBKQq8vaM8&list=UUhjEbWVGnGHhghoHLfaQOtA

三年目は時間的経過点であり、やはりこれからが勝負時だ。

 脱原発―反原発の闘いは長い時間のなかでの持久的な闘いとしてある。その意味では時間のことで僕らに焦りはない。政府は再稼動を政治的プログラムに乗せてきたが、やはり、それには首をかしげざるをえない。福島第一原発事故から三年経つのに、事故は収束せず、汚染水の垂れ流しは続き、その処置は深刻化を増すばかりである。こうした状況の中で再稼動を進める神経は誰が見てもおかしなことなのだ。 外国の科学者たちが日本政府に対する厳しい批判を展開しているのを見かけたが、日本政府は裸の王様である。裸の王様の演じる行為は危かしい。これが世界の目であり、世界的な常識である。

これと違うと言いたいのなら、彼らは最低限二つのことをやらねばならないはずだ。一つは原発再稼動の社会的な理由を示すことである。これは普遍的な理由あるいは根拠といってもいい。もう一つは国民的合意を得ることだ。国民の意志を獲得することだ。彼らはこの最低限の事もやり得ていない。ある本を読んでいたら、政府は官僚も含めて国民の公僕という言葉が入ってきたのは戦後だとあって驚いた。 僕はてっきり戦前からあるものと思っていた。戦前は「お上」とか、「官尊民卑」とか言葉がふさわしい状況だったと想像するが、公僕という言葉もあったのだと思っていたのだった。安倍の「戦後体制からの脱却」には自分たちを公僕と規定する考えから脱却も含まれているのか。自分たちが事を進めるにあたって何をやることが課されているかも考えられないのか、あるいはそれは無視せんとするのか、そこには公僕という自覚はないのだろう。

何故、原発を再稼動し、保持せねばならないのか、彼らは国民に示し得ないし、語ることはできてない。原発を保持して行く理由をたかが燃料費の高騰とか、電力会社の経営ということでしか語れてはいない。こんなものは理由にならない。科学技術の維持のため、また、原発はどうしても避けられない不可欠のエネルギ―である、こうしたレベルの出張すらできない。これについて言えば、あの福井地裁の判決に対抗しえるものは何一つ提起出来ていないのである。判決文に対抗できるだけの主張をやれていない。 国民の意志という点で言えば、国民の6割が再稼動に反対である。彼らはこの声をなるべく避けて裏工作での準備をしているのだ。彼らは結局のところ強権で持って事を処理してしまい、国民の異議があれば、強権で封じることを構想していると思える。これは国家目的やルールがどのようにあろうと、最終的にはそれらは権力者の判断に従属するものとして扱われるという日本の非民主的な強権政治の展開を考えているのだ。戦後の政治家の中でその地金をあらわしたのは安倍の祖父の岸信介だが、安倍は誰よりもその血を受け継いでいるように思う。

 三周年と言ったところで僕らにとっては時間的な経過点にすぎず、昨日の変わらぬように闘いは続く。そしてテントも存続する。夜のテントは寒くて、毛布を外していた風邪を引きそうになったが、さすがに日中はいい季節である。短い期間しかないのかもしれないが、秋らしい日がいく日かは続くのだろうと思う。この三年間、僕らは原発の存在について自問を重ねてきた。何故、原発は撤退すべきなのか、存続を構想する連中は何を考えているのか。この問いは現在も続けられているのであり、ずぅーと続けられて行くものだろう。科学技術のこと、その社会化のこと、高度成長社会とその後の事等であるが、僕にひっかかっているのは死の直前の吉本隆明の言葉だった。 原発(核の生成と解放)は科学技術の達成であってそこからの撤退は人類の退歩だというものだ。彼には科学に対する信頼があるのだが、僕はシモーヌ・ウェーユの科学や科学主義批判の方が納得できる。科学技術をめぐる考えの違いがどうしてもあるが、それは現代の思想の問題であり、僕は彼とそこは違うことを確認してきた。 ただ、彼がこだわったことには、原発撤去と科学主義批判に戦中体験が色濃くあったことを想像できることだ。彼の中には戦前の日本思想への回帰と近代主義批判とこれが重なるところがあったのだと思う。僕が科学や科学主義に懐疑を持ち、自然の評価を高める時、戦前の思想的動向とは違うものだと思っている。そこはつながらないし、歴史的文脈として違う場所から出てきてと考えている。ここのところで、僕は日本の戦争期のことを考えているが、まだ、十二分に納得の行くところまではいたってはいない。吉本が現代の超克と言っていたように、僕も現代の超克を考えている。 彼が現代の超克を考えていた時には戦中に提起された「近代の超克」の批判的克服が含まれていて、「科学主義と自然の評価」への懐疑があった。それは近代西欧批判を展開した「近代の超克」との違いを意識してのことだったと思う。僕が現代の超克という時には原発問題は課題としてある。最大のものだと言っていい。 この立場は戦前の近代の超克というところに戻ってはいないし、「科学主義批判と自然の評価」は戦前―戦中で展開されたものとは違う。この問いは原発なき後の社会を構想しイメージすることに連なるが、今後も続けられるものとしてある。ただ、僕らはここのところの問いかけを深めて行くことが大事だし、脱原発の運動がビジョンを豊かにして行けることと思う。その意味でこの自問は続けられていることである。

 この集会に参加したかったが、緒事情で来られないという方から差し入れ等を頂いた。横浜のMさん古酒ありがとうございました。集会後に皆さんと一緒にいただきました。(三上治)

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9月28日(日)『ストップ川内原発再稼動!9・28全国集会』天文館公園 集会:13時~14時30分 デモ:14時30分~16時30分 「9月27日(土)14時鹿児島空港1階ロビー集合 9月28日現地行動」の企画あり。(連絡先テント070-6473-1947)

9月30日(火)福島事故の責任を問う 9・30院内集会東京地検包囲 12時~13時30分:院内集会(参院会館講堂) 14時~14時40分:東京地検包囲行動 主催:福島原発告訴団

10月1日(水) 第13回東電本店合同抗議 19時~20時 東電前

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経産省前テントひろば 〒100-0013 東京都千代田区霞が関1ー3ー1  TEL 070-6473-1947 メールtentohiroba@gmail.com、 ブログ:http://tentohiroba.tumblr.com/ 脱原発テントと命守る裁判:http://tentohiroba-saiban.info/ 原発いらない女たちのテントひろば~福島とともに:http://fukusimatotomoni.blog.fc2.com/ 経産省前テントひろば応援団:http://ameblo.jp/tent-ouendan/